幼児教育とグローバル基準の保育

幼児のファンタジーな世界と無限の可能性。小さな発見やフローの積み重ねからイノベーティブな未来を創る。有能感を持った自立した人間として、生涯を通して学び続ける資質を持って成長できるよう、今しかできない幼少期の土台作りを支援します。



サマースクールを終えて

ことしの夏はたくさんの幼児たちが国内外から参加してくれました。最初は緊張していたり、周りをみてから行動したりが多かったとしても日に日に素直に自分の感情を出し始め、好きなことを自分で見つけていく頼もしい姿を見せてくれました。一週間、一ヶ月のうちにみるみる表情が豊かになり、「自分らしさ」を出してくれる中、ほぼ全員の子が「楽しい」と言ってくれて、日数や期間を途中で延ばす子も多くいました。海外から来た子たちも、それぞれ自国にいる時とは違う一面を発見できたようです。

頼もしく、輝く子どもの姿に出会えることは、大変うれしいことです。しかし、それはfirst classroomが「楽しい場所」だからではありません。「楽しい自分に出会える場所」であるからです。「楽しい場所」であるならば、別の子には「楽しくない場所」になります。「楽しい自分」は誰でもみつけることができますが、“自分で”探すしかありません。幼児教育者にできることはそのための一人ひとりに合わせた工夫と援助にすぎません。

入園をした子も、サマースクールに参加した子も、時間と共に喜怒哀楽が大きくなっていくことも毎年印象的です。大人は子どもの「喜」と「楽」ばかりを大切にしようとしますが、人間にとって「怒」や「泣(哀)」も大切な感情表出です。幼児期にそれを隠さなければならないような環境は健全とはいえません。強い個性を生み出すための飛び切りの笑顔、突き抜けたような喜びの感情を出せるようになるためには、必ずその逆である「怒り」や「泣き」の感情も伴います。生まれてまもない赤ちゃん(乳児)の姿を思い出してください。どちらの感情が先に芽生えるでしょうか。幼児もまだそれから4、5年しか経っていません。




埼玉の保育園 プール事故について

先週、さいたま市の認可保育園でプール遊びの最中、4歳の園児が亡くなるという、とても悲しい出来事がありました。

●「片付けで目離す=保育園プール4歳死亡-さいたま」
https://www.jiji.com/jc/article?k=2017082600480&g=soc


私の経験上ですが、日常の保育中、子どもが怪我または怪我をしそうになる“ヒヤリ”とする出来事は、職員の「準備中」「片付中」に起こることがかなり多いと感じています。先生が子どもたちを見ていないからというだけの理由ではなく、先生自身がソワソワしている時は、子どもたちもソワソワしがちだからです。
先日、夏まつり会場を下見した際にも、“ここで保護者が準備している最中に子どもがいたら、その興奮度から危ない”と直感的に思い、直前にも関わらず開始時間を遅らせ、準備中は園で子どもたちを預かることに徹底しました。保護者の皆さんには二度手間をかける措置を、急遽取らせてもらいました。

しかし、今回のさいたま市の保育園の死亡事故は、現場の保育士が「片付け」をしていたことだけが原因なのでしょうか?現場の職員にも業務上過失致死を視野に警察で調べているとの報道です。確かにプールの最中に一分間目を離すということはしてはならないことですが、気温と時間帯の関係、園児の年齢と職員の人数比、設備の適性度などからも再発防止のために十分検証されるべきだと思います。

24日は夕方でも30℃を越える予報
今回のプール事故について報道された時、私の園も翌日プールを予定しておりましたが、それより、夕方も気温が下がらない予報が出ている夏まつり会での「熱中症」の方が心配になりました。また、午後3時半というのは職員も疲労がたまり、集中力が切れる時間です。
こちらの保育士の方のブログをぜひご参考いただければと思います。「仮説」として触れていますが、現場のことをよく知っている実践的な知識も豊富な方のブログです。

●「保育園でのプール事故について。」
http://blog.livedoor.jp/gacha_5/archives/3446921.html

3~5歳児19名に保育士2名の危険度
この人数比について、「人員不足のため」と思われている方もいるかもしれませんが、これは厚生労働省および自治体の『基準内』です。基本的に異年齢環境というのは、怪我のリスクが同年齢環境よりも高く、より手厚く「非効率な」人員配置を必要とします。わたしの園は異年齢環境が教育上の特徴ですが、プールは同年齢もしくは習熟度レベルが近い子同士のみで入っています。
また、19人の子どもがいれば、一人か二人はその中に必ず特に注意しなければならない目を離せない子が大体どの園やクラスにもいます。つまり、職員2名であれば、片付けをしていなくても、一人がその一人か二人を見守り、あと一人で残りの17、18人を見ることになり、誰かが「先生、おしっこ~」と言えばその時点で誰も見ていない子たちがいる状況となります。業務上過失致死の容疑が現場の一保育士に向けられるとすれば、厚生労働省や自治体にはその責任がないのでしょうか。

設備の適性度
今回のプールは手づくりのものということ。ダイナミックに水遊びする楽しそうな写真をホームページのトップで紹介している様子から、多くの方が意見されていた「予算がないから仕方なくつくって可愛そう」とは、(本当のところは分かりませんが)最初のきっかけは仮にそうだったとしても、少し違うような感じもします。いままではずっとこの園の素敵な遊び環境だったのかもしれません。しかし、19名の異年齢の子どもたちが2名程度の保育士の援助で安全に遊べる環境だったのか、床面やつかまる場所などに落ち度はなかったのか、残念ですが、厳しく検証されるべきだと思います。


どうすれば重大事故を防げるか?

ハインリッヒの法則_svg(画像出典先 ウィキペディア)

「ハインリッヒの法則」というデータ的定義があります。1件の重大な事故の下には、29件の軽微な事故があり、その下には300件のヒヤッとする事例が存在しているというものです。

プールの話ではありませんが、先日の夏まつり会では、園で一度もやったことのない「花火」を行いました。子どもたちは「火」をみると、本能のようにみんな一気にろうそく目がけて押し寄せてきました。卒園児たちもいたので全部で30名ぐらいです。よりによって職員が帰った後であり、お母さん方はお店コーナーの運営で疲労度がピークに達している時間帯であり、大慌てで対応しながら数名のお父さんがいなければ大怪我にもつながりかねないヒヤッとする状況がありました。そして、来年に向けては完璧な運営方法を考え、皆さんとシェアしようと決めました。
保育や子育てをしている中では、必ず「ヒヤッ」とする場面があると思います。「ない」という人がいれば、余程子どもを抑えつけているか、鈍感な人だと思います。この「ヒヤッ」とする段階で我慢せず、後回しにせず、隠さず、みんなと共有して対策を実行すれば、かなりの確率で大きな怪我や事故は防げると私は信じています。大切なのは行動です。
私も決して完璧ではありません。みなさんと共に日々改善に励んでいる一人です。今回のような悲しい事故が二度と子育ての現場で起こらないよう願いながら、自分自身も常に過信しないよう努めていきたいと思います。





2017 Summer Festival (Japanese style)

It was fantastic and memorable evening of August. Our FCS’ 2017 Summer Festival was held at evening and outdoor for the first time by the support of great local company and friendly parents.

 

Even from weeks ago, children has been excited for thisevening, since all of parents are member of organizing festival this year and they see the process in which their mother has been involved for preparation.

 

Children enjoyed playinggame of Ring Throw and Yo-yo Fishing (famous playing items of Japanese Festival) ,eating hot dog and shaved ice with favorite flavored syrup and wearing informal cotton summer kimono. Some of kids from international countries had joyfultime together.

 

As 2ndevent, children enjoyed “Watermelon Splitting”. You put bandage over your eyes, hold long stick with your hand and walk toward watermelon for hitting.

 

Finally,there were special event which we have never done at kindergarten. All of children including elementary school students of graduates were really excited with hand-fireworks. Parents also enjoyed talking each other, having homemade dish and delivery meal and beer. There are good exchanging opportunity also for them to meet with graduates and their parents. Tremendous fun and exciting night !

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英語を学んでいる中高生の皆さんへ



・日本人よ、恐れることなかれ!世界の英語はいい加減だ 
・海外では間違いだらけの英語が当たり前
・適当な英語でも仕事は回っており、お金を稼いでいる人は大勢います。そんな人々でも企業の管理職をやっていたり、なんとネイティブに指令を出して仕事をしたりしていいます。人によっては年収数千万円という大金を稼いでいる人もいます。
・9割の人に必要な英語はハイレベルなものじゃない
 【国連でも通じる世界の非ネイティブ英語術(著者:谷本真由美さん)】より

上に書かれていることは大袈裟に聞こえるかもしれませんが、私が15年ほど外資系企業にいてビジネスの場で体験したこととほぼ同じであり、大変共感しながら読ませてもらいました。ぜひ高校生ぐらいのうちにこの本を読んで、自信を持って英語に向かい合い、そして“語学以外の大切なことで”自分を磨いてほしいと思いました。


英語は “ネイティブスピーカーがいない言語”
この本の冒頭に、「英語は現代のLingua Francaであるということです。Lingua Francaとは、母語が異なる人々が意思疎通をはかるために使用する言語のことをいい、一般的にはネイティブスピーカーが存在しないことになっています。」という興味深い説明があり、「世界で英語を話す90%は英語ネイティブではない」という事実を紹介しています。私も、世界の様々な国の人たちと仕事をする中、多くの人たちが自国の訛りのある英語を堂々と話し、また、母語での価値観に基づいた英語を話しているということを実感してきました。英語に決まった形式(正しい形)はないとさえ言っても、許される環境でもあります。
日本の「学校英語」「受験英語」の勉強を続けていると、“様々な種類の難しい文献や記事を理解して、文法的に正しい英語を話せなければ世界では通用しない”と錯覚してしまいます。通訳や翻訳など語学の専門家になるのであれば別ですが、この本に書いてある通り「9割の人に必要な英語はハイレベルなものじゃない」「英語がヘタクソでも世界で活躍する人々」が現実であり、本当は私たちも日本語なまりのある下手な英語を堂々と話して何も馬鹿にされません。意思や意図が通じることが重要であり、特に異なる国の人たちが集まるような場では英語に道具以上のものは期待されません。(下手な英語で馬鹿にされるとすれば同じ日本人からであり、そういう人こそ馬鹿だと思って無視していれば大丈夫です。笑)


英語が上手でも話を聞いてもらえない人
会議をすると、どうでもよい退屈な話を長々とする人は日本だけでなく、海外にも結構います。しかし、そういう人はどんなにネイティブ英語を上手に話しても、ほとんど誰も内容を聞いていません。困ったことに組織の幹部や役員にもそういう人がいますが、そういう時も“止めると後で面倒くさいから、話したいだけ話させておこう”と共通認識で話させておくだけです。誰もその人の話を聞いていません。逆に、英語が上手でなくても、“アイツはいつも素晴らしいアイデアを出す”“アイツは行動力があるから信じられる”と同僚や上司に思われていれば、「さっきから黙っているけど、何か言ってよ」と声をかけられたりもします。そんな状況での発言には、周囲はみんな耳を澄ませて聞いてくれます。英語が分かりにくければ、気を遣って簡単な単語で質問してくれたりもします。仕事の場ではみんな自分にメリットをもたらせてくれる人を大切にするのであり、英語の上手な人を大切にするわけではありません。
つまり、英語が上手であればみんなに相手にしてもらえるということは間違いであり、英語が下手でも自分に実力があれば周囲はむしろレベルを合わせてくれます。この本には「英語圏は移民国が多いので、外国人英語が当たり前」ということが書かれており、様々な国の出身者たちの「迫力」「根回し」「駆け引き」など人間的な魅力も面白く紹介されています。わたしが遭遇した実体験ともいくつか重なりました。


自分を磨くこと
英語の学習は必要であり、勉強のしかたについて書かれた本は沢山出版されていますが、語学は現実社会では道具に過ぎず、あまり考え過ぎる必要はありません。自分に実力や人間的魅力がなければその方が仕事についた時に苦労します。塾や部活で忙しいと思いますが、好きなこと、夢中になれることを大切に、自分らしさを追求してほしいと思います。




グリット- やり遂げる力

“グリット”の芽生え
GRITと呼ばれる「やり遂げる力(=やり抜く力)」が、アンジェラダックワース氏の著書では人生のあらゆる成功を決める力として提示され、注目されています。私の考察では幼児期の2歳~5歳までにいつでも個人の動機づけが尊重され、没頭できる環境を大切にされて育つと、6歳に近づくにつれて何事も“やり遂げたい”という強い意志がメキメキと表れてきます。

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豆を箸で移すだけの活動(遊び)。生の豆はツルツル滑って意外と根気がいります。こんな単純なもので、何もごほうびもなくても、年長児たちはハァハァ言いながら“やり遂げたい”という意思全開で最後までやります。

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3種類の料理を、約20の工程で、2時間以上かけて完成させるクッキング。手を使い、包丁を使い、火を使い、それをくり返す内容。年長年中の子どもたちは「やり遂げたい」という基盤が出来ていて、周囲で年少の子どもたちがブロックや本を広げて遊んでいても集中力が乱れません。課題をやり遂げることこそが“遊び”になっています。

“技術は後からついてくる”は本当か?
よく「技術は後からついてくるから」「センスが大事」という言葉を聞きます。私も実は幼児教育に関わる前まではそう思っていました。しかし今は逆です。確かに応用技術というものは後からついてきますが、「基礎技術」は後になってから意欲やモチベーションの力に任せてもついてきません。ここでいう基礎技術とは優先順に、①手指の動き、②足もとの動き、③全身の動きです。これが4、5歳ぐらいまでに十分に発達していないとグリット=「やり遂げる力」は生まれません。他の子と比べて言葉が遅くても、行動が遅くても、この基礎技術さえついていれば概ね「グリット」はその芽を出します。
心理学者アンジェラ・ダックワース氏の『GRIT(やり抜く力)』では「情熱」や「モチベーション」の重要性に重きが置かれていますが、これらの心理学的働きだけで「やり遂げる力」を生むことは不可能です。同じく注目されている心理学者キャロル・ドウェック氏の「マインドセット」も重要であることは間違いありませんが、同様に基礎技術の裏付けがなければすぐに萎れてしまいます。「やり遂げる力」をつけるためには、心理学的な面からの働きかけや援助だけでは不十分であり、生物学的な考察に基づいた援助も必要とします。

“state-of-the-art”の語源は?
ご存知の方も多いと思いますが、英語で「最先端の」「最新技術の」と語るとき、“state-of-the-art・・・”という美しい響きの言葉が形容詞的に使われることがよくあります。当たり前のように使われていますが、技術にも使われることに最初はどうして?と不思議に思った方も少なくないんじゃないでしょうか。実は、アートの語源そのものが人間の「技術」を意味するものであり、幅広い分野での人間の「技」を示す言葉として使われていたようです。ジャン・ジャック・ルソーは、1762年刊行の著書で幼少期には“知識を与える前に、諸器官を完成させよ”と感覚器官を成熟に導くべき鍛錬の重要性を言っています。

現代は子どもの知的好奇心ばかり優先して技術的な発達が追いついていないか、または内発的なモチベーションや個々のペースを無視して身体を育てているような環境に偏りがちです。「グリット=やり遂げる力」はこのような方法では培われません。手指や足もとにおいて十分な基礎技術をもち、自信とモチベーションの発達が成熟を迎えた時、グリット(やり遂げる力)は自ずと現れます。


<参考>




やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける

アンジェラ・ダックワース
ダイヤモンド社
2016-09-09











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