幼児教育とグローバル基準の保育

幼児のファンタジーな世界と無限の可能性。小さな発見やフローの積み重ねからイノベーティブな未来を創る。有能感を持った自立した人間として、生涯を通して学び続ける資質を持って成長できるよう、今しかできない幼少期の土台作りを支援します。



Scoop “Somen” flowing in bamboo


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“Nagashi-somen” is fun eating event in summer. We, Japanese like this opportunity since it contains wise way of enjoying meal in hot summer and makes you feel with season poetry from its nature story. It is said that Nagashi-somen was begun in Kyusyu district with green bamboo and water trickling out of rocks while they were engaged in farm work.

“Somen” is thin white Japanese noodle made from wheat flour. Japanese usually eat this by dipping with soy sauce based soup. “Nagashi-somen” is the activity to scoop somen flowing with water in bamboo by using chop stick or fork. Our kindergarten has this opportunity every summer. Child devotes himself or herselfto scoop somen with cup in one handand chop stick or fork in another hand overand over again. After they are succeeded,soup is poured in their cup so thatthey can dip somen and start to eat at their seat. This year, one of parentsgave us hand-stretched somen of Shodo Island. It was extremely delicisous.


Many children including participants from overseas enjoy this activity by saying “Iam very happy”.Some child who participated into the event for the first time said “ noodle was swimming in water slides ! ”



For child who says “I want to enjoy it again at home ”

Sample:


【青竹】流しそうめんセット(水路3m+竹脚)


米国発、ハンドスピナーの魅力と効果

私の園では“ショウ・アンド・テル”というスピーチタイムを設けており、お話をする当番の子が自宅からお気に入りの本、写真、服、電子機器などあらゆるものを持参します。特に海外生まれの玩具や絵本には“こんなものがあるんだ~!”と驚くことがあったり、時には大人でも欲しい(やってみたい)と思ってしまう魅力的なものまであります。


Fidget Spinner Toy ALLDO 指スピナー ウィジェット ハンドスピナー スピナー ADHD子供 大人に適用 ストレス解消 ポケットゲーム 三角プラスチック 人気 おもちゃ セラミック軸受超耐久性の高い高速度-レッド
ALLDO

先日、年長の男の子が持参したもので「すごい!」と目を丸くしたのが、これです。その子に「これ、なんていう名前なの?」と聞くと、「ハンドスピナーだよ。アメリカのおもちゃだよ」と言われました。調べてみると、米国発で大人気のようです。中央の部分を指ではさんで回すと、今までに見たことのない回転力でとにかくよく回り、床やテーブルの上だけでなく体にのせても同じような回転力でまわる姿にとても驚きました。(「指スピナー」とも呼ばれ、英語ではfiget spinnerと言われているようです)
私は日頃から「手指を動かす」動機を与える遊び道具には発達上大きな関心をもっているので、どれほど普及しているのか、誰が発明したのか、調べてみたくなりました。そうしたら、元々「重症筋無力症」の子ども向けに考案されたものであるようで、更に興味深い発見がありました。

●“大人気「ハンドスピナー」は異例ずくめだった”<東洋経済>
http://toyokeizai.net/articles/-/180497

●“ハンドスピナーは2017年の必須のオフィス玩具”<フォーブス>
https://www.forbes.com/sites/jplafke/2016/12/23/fidget-spinners-are-the-must-have-office-toy-for-2017/#7c26acd118a4

これを回して見ていると精神的に「落ち着く」「集中力が増す」というリフレッシュ効果もあるということも大変よく理解できます。皆さんも経験があると思いますが、勉強の合間に指のうえでペンを意味もなく回したり、バスケットボールをする人なら練習中にひとさし指の上でクルクルとボールを回してみたり、テニスや卓球をする人ならラケットを何気なく回転させてみたりしている動作ともよく似ています。無意味な動作にみえることが実は気分転換や心の落ち着きに役に立っているのです。
「自閉症やADHDのカウンセリングにも有用」という効果も(使い方によって賛否はあるようですが)一定以上あることを共感します。自分で操作し、動いているものをみていると、落ち着くという子どもも多いのではないでしょうか。幼児期初期の手指の発達や、特に子どもによってはあまり粘土やクレヨンなど、手指に力をこめる遊びに興味をもたない子もいるので、そうした子への発達誘導としてもよいかと思います。



こんな変わった形のセラミックモデルもあるようです。どのように違うのか試してみたくなります。笑
一方、注意しなければならないこともあるようですので付け加えておきます。また、本体が破損したときにベアリングが飛び出ると、子どもが誤飲したり、目の怪我につながるような事例もあるとのことです。安価なものほど注意が必要かもしれません。


●“ハンドスピナー事故対策!子供の誤飲&ケガを防ぐハンドスピナーの選び方!”
http://bilingual-ikuji.com/prevent-fidget-spinner-accidents/




高い安全性をアピールする、作りのものもありました。



また、米国では「ハンドスピナーは授業を妨害するため、学校へは持ち込み禁止」と決めたスクールもあるようです。子どもがどのように使うかについては、ある程度大人が関わることが必要そうです。

Fidget spinners are being banned at more and more schools across the country
http://time.com/money/4765188/fidget-spinners-ban-schools-classrooms-teachers/



10歳までの発達段階と「習い事」のあり方


(c) .foto project

習い事はいつから、何を?


子どもの習い事はいつぐらいから、何を始めるのがよいか。そう考えたり、悩んだりする親御さんは多いことと思います。学びの機会や刺激が増えることはプラスに働くことも、マイナスに働くこともあります。発達段階の理論を知り、外部に任せきりにせず、子どもにとって適切な機会をみなさん自身でデザインしていきましょう。

7歳までは「真似ごと」でしか学べない
まず、はっきり申し上げます。7歳まではそもそも「習う」という行為ができているようで、実は自然にはできません。自分が「真似したい」と思うことは、手指や足を動かしながら一生懸命頑張りますが、子どもが出来ない事を大人が教えてあげようとすると、全く無視されることも多く、中々やろうとしません。
この年齢の子どもたちは、自分ができないことがあると「先生、やって~」「できない~」と言います。「教えて~」とあまり言いません。これは、甘えているからではありません。思考においてその認知、操作機能がないからです。自分の目でみた複雑なことを頭の中で操作する機能がありません。ロボットに例えれば、静止画像で信号を受け取り、直観的なイメージでしか操作を再現することができません。
7歳までの子どもたちに「教え方がうまい」と言われる先生は、実は教え方が上手なのではなく、「真似したい」という動機づけと環境を与えるのが上手なのです。これは必ずしも専門家である必要はありません。実際に親が子どもに教えようとすると見向きもせず、親が自分のために学んでいる姿をみて子どもも一緒に出来てしまったという例は沢山あります。



(c) .foto project 

10歳を過ぎてやっと「練習」の価値がわかる
年齢には個人差がありますが、7歳を過ぎると、「習うこと」にほぼ苦痛がなくなり“楽しく”できるようになります。実際には、5歳を過ぎると少しは習うことができるようになりますが、多くの場合どこかにストレスをもってそれを行います。まだ認知機能における発達が十分にそれに追いついていないからです。しかし7歳頃になって習うことが楽しくなっても、「練習」の価値が分かるのはまだまだ概ね10歳を過ぎてからです。
6歳や7歳または9歳でも「練習をすれば、うまくなるんだよ!」という子がいます。しかしながら、それは大人が言ったことを真似して言っているだけで本質的には何も分かっていません。この年齢の子どもたちは、自分と他人は違うということを身体の違いから何となく分かっていても、価値観や考えあるいは文化が全く違う人格を持っているということは分かっていません。親に対して「自分と親は別人格だ」ということに初めて気づくのも10歳を過ぎた頃です。そして、その時に初めて自分を客観的に見られるようになり、「練習」というものの価値も分かり始めます。
思考段階についても、10歳を過ぎたころに初めて、形式に従って考えたり、行動すれば、可能になることがあると分かるようになります。つまり、この年齢までの「習い事」は幼児の延長で遊びを中心に環境提示するべきであり、「練習」などを通じてそれ以上のことを期待すると、非認知能力(意欲、やり遂げる力、忍耐強さ、協働力)の成長を抑えてしまう可能性があります。日本の場合は、多くの子が幼児期から行事練習などを強いられているので、非認知能力が低くなるのは当然ともいえます。

9割の指導者が分かっていない
知育系も、スポーツ系も、芸術系も、習い事のほとんどの指導者や支援者及び教育関係者も含め、この理論的認識がありません。もし認識があれば、一度自分の意思でやり始めたことにそう簡単に「やめた~い」という子が出たりすることはありません。そして、もっと多くの子がいろいろなことを楽しめ、好きなことや得意なことが増えます。特に幼少期に成長する非認知能力は、メニューに追いかけられるとダメになり、自分がメニューを追うものでなければなりません。(もちろん、指導者がよくても、習い事の数が多すぎて集中できず意欲が低下してしまう場合もあります。それについては今準備している本に対策を詳しく書きましたので、改めてそちらを参考にしていただければと思います)
習いごとは指導者の方針をよく聞いて選び、間違ったと思ったら早めにストップしたり、変えたりすることも大切です。歯を食いしばって続ける価値はありません。「練習」というものの価値が分かり、自分でそのメニューをつくれる発達段階に達するまでは特に設備の環境以上に指導者や支援者の認識や方針が重要です。

注)年齢の区分には個人差があります。(プラスマイナス誤差があります)



参考文献:

ピアジェに学ぶ認知発達の科学
J. ピアジェ
北大路書房
2007-04-01



遊びと発達の心理学 (精神医学選書)
ジャン ピアジェ
黎明書房
2013-06-01









保育・教育の「質」と政策に関して

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2週間前、東京新聞さんから都議選に向け、「保育の質」に関して取材をされたいと依頼があり、協力いたしました。

<東京新聞 6月25日朝刊 社会面 都議選2017~待機ゼロの足元>
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*外遊びの写真ならば、立ちブランコをしたり、すべり台の逆のぼりをしている姿の方が園の特徴が出て良いと思ったのですが、この日は雨上りで子どもたちはそれには興味はなく、走って遊ぶことに夢中になっていました。。。

さて、本日の記事に関してですが、4、5歳児(年中・年長)8名に対して保育者1名という私の考えは、これでも最大で考えたときの人数です。昨年の今の時期は4、5歳児(年中・年長)が12名おり、常時2名を配置していました。4、5歳児になれば子ども同士で遊ぶ頻度が上がるので、遠くから見ているだけでいいと思ったら質の低い保育に留まり、成長にも明らかな違いが出ます。幼児期の後期は信頼できる大人との対話を続けながら、自分と外側の環境や他人との関係を健全に広げ、自分の価値に自信を高める時期です。友達と遊ぶことが多い時期だからといって放置してはいけません。しかも、現代では幼稚園教育要領に元々書いてある「基本4時間」を大きく超えており、親子の対話分も量的には園が受け持ち、支える必要があります。また、4歳児(年中)においては、まだ保育者との愛着を一番に必要としている子もこの時期は少なくありません。4、5歳児といえども、一人で10名をみているような環境では対話の積み重ねも愛着形成も疎かになります。幼少期の「環境」として最も子どもの成長に影響を与えるのは設備や教材ではなく「人」です。わたしの園は所有している設備では劣っていますが、飛躍的に成長する子どもたちの姿から最も大切な環境は人だと学ばせてもらいました。

2018年度改訂の保育所保育指針、幼稚園教育要領には、“小学校のアクティブラーニングへの接続としての環境改善「深い学び」「対話的な学び」「主体的な学び」を導く保育”が追加されます。よい実践だと思いますが、今のような人的援助が乏しい環境でどのように子どもが「深い学び」「対話的な学び」「主体的な学び」を導けるのでしょうか?官庁と幼稚園及び保育園との関係は、映画づくりにたとえると、シナリオを書いているライターと演じる役者との間にたつ監督やプロデューサーが誰もいない中で文書だけが現場に通達されている状態です。正しく実行されているかどうかの検証もありません。

今回、都議選に向けた取材でしたので、公約や目標に注目してみました。保育については「幼児教育の無償化」「保育サービスの定員〇万人増加」などが目立ちます。本当にこれでよいのでしょうか。ある政党においては「小中学校35人学級の実現」と書いてありました。一体、どこの発展途上国の話でしょうか?

確かに子どもの貧困を救ったり、防止のための受け皿を増やすことは大切であり、それに使命感をもち、ノウハウもある事業者は役割としてどんどん進めればよいと思います。一方、日本の “低モチベーション教育”と“フォロワーシップ人材の大量生産”は幼少期から大人数で一斉行動を促される環境と密接につながっており、20年後の未来にはこれが貧困につながる可能性を膨らませています。
問題を見えにくくしているのは、これがペーパーテスト信仰と受験システムで成り立っている国内の学校世界で成功するには悪くないからです。しかし、国を率いる政治のリーダーたちがそのような本質からの改善に全く触れず、手をつけやすい無償化と量的拡大で「東京を世界一の都市に」「世界をリードする東京に」等と気軽に叫んでいるのはあまりにも能天気であり、滑稽なものでしかありません。人格形成の観点における日本の幼少期教育政策は、国民ファーストでも、子どもファーストでもなく、「先進国ワースト」です。

わたしがもし今、中高の教員だったら「今回の選挙。投票したい人も、政党もない。行かなくてもいいよね?」と反面教師を演じながら叩かれるディスカッションを開くだろうと想像しています。民主主義について議論し、未来の社会制度について議論し、生徒の中から本質を見抜き、孤独を恐れない真の勇気あるリーダーが近い将来現れることを願いながら・・・。



Moment of Self Discovery

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年長の当時、それほど文字を書く活動に興味を示さず、友達同士で行う手紙交換もしなかった子が、卒園して「園の先生に伝えたいことがある」と言ってくれたようで手紙を書き、親御さんが届けてくれました。そこには「園で登山につれていってくれてありがとう」と、しっかりした筆圧と文字で気持ちが表現されていました。親御さんに聞けば、園で登山をした体験が本当に楽しかったようで、家族でも山登りをすることになり、それによってきっかけとなった園での登山のことを今になって思い出し、自分の気持ちとして、文字にして伝えてくれたようです。

たったひとつの体験が次の体験を引き出し、豊かな言葉を引き出し、家族の笑顔まで引き出せること。幼児教育に関わっていて、これに勝る喜びはないでしょう。後から後から出てくるものほど価値があることと思います。型にはまった行事のような体験はその場では感動を与えますが、後の人生にはごく一部の場合を除き、ほとんど残っていないのがこれまで私がみてきた考察です。

ただし、山登りについても、普通にみんなで行って整列して登るだけでは何の「自己発見」の機会にもなりません。私たちは、山登りにおいても何とか自分たちの「保育の質」を貫きたいと思い、“自分のペースで好きなように登っていい”という環境をつくりました。ほとんどの男の子は誰よりも早く頂点に辿り着きたいという欲求があり、先へ先へとゴールを目指して進もうとします。ほとんどの女の子は運動神経や忍耐力と関係なく、頂上で食べるお弁当の話を楽しんだり、「まだ着かないの~?」とぶつぶつ不満をいったり、マイペースに登ろうとします。
つまり、発達や習熟度の違いでペースを分けると、10名以内の少人数グループで登山をしても、職員は3~4人で分かれなければならず、特に先頭グループは大人顔負けのスピードで、休憩も子どもは大人の4分の1ぐらいの時間でフル充電できるのでついていくのが大変で、また、最後のグループは“亀さん”のようにゆっくりのため、付き添う援助者にはかなりの忍耐力がいります(笑)。

子どもが「自己発見」をするためには、必ず自分のペースが保障される必要があります。忘れがちですが、ゆっくりの子をゆっくり行かせるだけではなく、早く行きたい子を早く進ませるということも大切です。登山においても、もし、整列して早く行きたい子を抑えつけ、ゆっくりいきたい子のお尻を叩きながら登っていたとしたら、冒頭で紹介したような「自己発見」の体験にはつながらなかったことと思います。
“でも、それでは団結心や協調の気持ちが育たないのでは?”と思われる方もいるかもしれませんが、先頭を走る子たちほど、後ろから来る子たちのことを考えながら登り、要所要所で待って全体の姿を確認しようとします。「〇〇ちゃん、大丈夫かな~」「今、どのあたりかな~」と気にしながら、自分が先に道を切り開いてあげようという意識で進んでいます。そして、頂上では、自分のペースでバラバラに登ってきた子たちが互いに称えあい、喜びあい、集団で達成できた一体感を満喫します。共に清々しく汗をかき、連帯意識がつよまります。これは、大人にも当てはまるのではないでしょうか。

最近、「マインドセット」「グリット(やり抜く力)」などの重要性が人生を成功に導く秘訣として書籍などで紹介されていますが、これらの多くは幼児期の原体験と習慣に基づくものです。その詳細は、編集中の本に書きましたので、興味がある方は楽しみにもう少しお待ちください。



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