幼児教育とグローバル基準の保育

幼児のファンタジーな世界と無限の可能性。小さな発見やフローの積み重ねからイノベーティブな未来を創る。有能感を持った自立した人間として、生涯を通して学び続ける資質を持って成長できるよう、今しかできない幼少期の土台作りを支援します。



コロナウイルス以上に怖いもの

今月で園長の仕事をはじめて14年目になります。コロナウイルスに限らず、様々な感染症のウイルスが時折流行する中、いつも共通するのはほとんどの対策がうがいや手洗いぐらい(アルコールや次亜塩素酸ナトリウムでの洗浄はあるものの)しかないということです。確かにコロナウイルスのようなワクチンのない新種には子どもを預かる立場上より慎重に防御し、社会においては医療崩壊も招かないような対策や配慮が必要と思いますが、それにしても、各国のリーダーが「戦時中」として、子どもを含めた個人を完璧なまでに一律に封じ込めようとするのには違和感があります。

園内で感染症胃腸炎(ノロウイルス)などが流行る時、本当にこどもたちは苦しそうで、目を白くしながら吐くものがなくなるまで嘔吐し続けることもあり、その時は危機感迫るものを感じますが、そのような時でも翌日休園になることはありません。
インフルエンザが流行る時も同様で、クラス内ではみんな咳をゲホゲホして苦しそうなのですが、それでも一定数の診断に達するまで休校にはなりません。

今回はワクチンのない新型ウイルスなので、もちろんそれよりはハードルを上げてよいと思います。ただ、メディアの感情的で繰り返しの情報提供によって極端な封じ込めをさせようとするのは、社会全体のための利益にはならないと思います。社会を、未来をサポートする側が(加害者にならないためにと)普段は気に留めず誰からも否定されない僅かなことでも距離を置いた方がいいと思ってしまい、しいては多くの人のためにならない経済的、社会的な退行を招くことにつながります。それは、自然災害を上回る「人災」にもなるのではないでしょうか。

2011年に東日本大震災による原発事故があった際、過去に例のないことには専門家や医師の方々でも見解が180°違うことを身近で体験し、大変興味深く感じました。今回も同じだと思います。様々な見解がある中で、自分がどう考え、どう説明し、どう行動するかは各自で決めるべきものであり、同時に尊重しなければならないとも感じます。

子どものテレビの見過ぎやスマホの使い過ぎも問題になりますが、大人も同じだと思います。情報過多・洪水の時代にどのように考え、行動するか、今後の子どもたちの歩む道のためにも、私たち大人にこそ問われていることと思います。





言語表現で大切なこと

ショウアンドテルでは、年長と年中の園児たちが様々なものをお家から持参してスピーチするのですが、時々、“え~、そんなモノ持ってプレゼンするの~!(笑)”と思うことに出くわします。

先日、5歳の女児がプレゼンテーションに持ってきたものは、なんと“小さなホッカイロ”一つです。スピーチタイム開始の合図があると、ニコニコしながら「これは、ホッカイロといいます。。。この中には『砂』が入っているんです!そして・・・」と始め、カイロひとつでなんと約2分もお話し、聞いている園児たちも興味深そうに耳を傾けているという場面に遭遇しました。思わずの出来事に感動しました。

ところで急に話は変わりますが、以前から一度行きたいと思っていた知人が店主をするこだわりの割烹料理のお店に、先日、機会があって行ってきました。こだわりの食材と手間暇かけた料理はすべて絶品でしたが、もっとも感動したのは、店主が客のご機嫌をとったり、世間話はしないのに(笑)、よく話す(プレゼンテーションする)こと。食材一つひとつがどこで取れたもので、どんな保管や下ごしらえをし、水はどこまで汲みにいってきたものか等、塩一粒、しょうゆ一滴まで自分のこだわりについて細かく丁寧に言葉を添えていたことでした。私自身にも勉強にもなりました。

割烹 かのふ(恵比寿)
https://tabelog.com/tokyo/A1303/A130302/13043230/


さて、先の5歳児と大人の人を惹きつけるプレゼンテーションには共通項があります。それは、ものの説明をしているのではなくて、自分の驚きや感動、発見をしっかりと言葉にして表現していることです。日本では、自分がどう感じ、どう捉え、何とつながりそうか等を発表に添えるとマイナス評価をもらうこともあるようですが、社会、特にグローバル基準は全く逆です。ネットで調べればすぐに出てくる知識などを流暢に語れても、退屈なだけです。事実だけの話も面白みがありません。

ショウアンドテルで大切なことは、自分の驚きや感動、発見を言葉にできるかどうか。どんな内容でも自分の驚きや感動、発見を大人がしっかりと日常生活で受け止めてあげることが基本です。魅力的なスピーチ(言語表現)は決して場慣れではなく、日常生活の延長です。

最近、読み始めた本ですが、こちらも大変参考になります。保育者の皆さんにもおすすめです。保護者対応だけでなく、同僚や上司、部下に対しても、価値をきちんと表現し、伝え、理解してもらうことの重要性や努力のための手順がわかりやすく説明されています。価値を生み出すことにばかり向きあっているだけでは今の時代不十分ということですね。

『言語化力~言葉にできれば人生は変わる』
 

と、いう私も、昨年から2園の園長をするようになってからは日常の運営や雑務に追われる毎日で教育についてあまり言語化できておらず、ブログもほとんど更新せず、反省だらけです(笑)。良い刺激をもらったので、今年は幼児教育について、更なる発見や進化した考察を、もっと言語化することに時間を費やし、原点に戻りたいと思います!


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保育士の働き方改革にむけて

令和2年度スタッフ募集

担任制の廃止、北欧型のティーム保育制へ

保育士として日常の保育をリードしながら、活動や行事の計画を立て、園外活動まで実施しながら保護者対応や面談までの責任を一極で背負う「担任」は、昔に比べて保育時間も活動内容も増え、また保護者の要望も多様化している中、その負担やプレッシャーは想像する以上に大きくなっています。

“保育の仕事が好きだけど「担任」にはなりたくない”、“「担任」から外してくれれば仕事は続けたい”等という意見をこれまで何度も耳にしてきました。決して一部の保育士の意見ではなく、担任としての成りてが減少する中、働き方を変え、仲間を増やすためにも制度そのものを変更する必要性を感じ、担任制度に変わるティーム保育を昨年末から一園で始めました。今年はこれを2園に広げる計画でおります。

役割とともに喜びも責任もティームでシェアする保育士の新しい働き方に興味のある方は、ぜひお知らせください。責任の大きさから保育の仕事をあきらめようと思っていた方にも新しい働き方を提案できることと思います。どの職場でも同じと思っている方も、ティーム保育ではそんなことはありません。ぜひお話を聞いてみてください。4月から勤務できる方(正社員)を募集しております。



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Driving force of growth

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年末に卒園生の5、6名が行事や活動を通じて遊びにきてくれた。

みんな、“もっているもの”が当時のまま輝いていて感動した。好奇心、勤勉性、集中力、表現力、そして思いやりと貢献力。変わるのは興味のある対象で成長は止まらない。

人間の脳と神経の発達は7歳ごろまでに成人の90%に達するといわれている。身につけたものは確実に将来への自分の柱となる。

きみたちは当時自分が輝けないと思った遊びや活動を拒んで大人を心配させることも多かったが、逆に温かく見守られて自分が輝ける場所を自分で見つけ、伸ばしていける能力を手に入れた。

異年齢クラスでは年長になると、空気を読めない低年齢の子たちとも上手くやらないといけないから常にストレスがある。きみたちはそれも乗り越え、リーダーシップに必要な寛容や余裕さえ身につけた。いまでは後輩のために貢献したいとまで行動できるようになり、自信ももっている。

「成長」とは学校で教わってするものではなく、自分の力をもって為すもの。自分を信じて、自分の輝ける場を。大人は周りと比べて一喜一憂せず、そんな姿を見守るサポーターであってほしい。



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片付け過ぎに注意!~後編~

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後編は、編集の都合で大幅に省略された部分の著書の原文をもとに掲載します。以下は3年前に書いたものです。(少し加筆しました)

" 日本の子育て現場では「おかたづけ」を異常なほど重視する傾向が目立ちます。確かにきれいにすれば気持ちがよいですし、国際的にはワールドカップで日本人の観覧者が試合終了後にスタジアムのゴミ拾いをしていることが模範的な態度として評価される等、この習慣がもたらすよい側面もあります。

しかし、重大な問題があります。せっかく集中している時に「おかたづけ!」という声を一日に何度もかけられて集中を妨げられれば、内発性や集中力というものがどんどん弱くなってしまいます。遊びは深めていかないと自信につながらず、自分の新たな能力の獲得にも至らず、達成感も得ることはできません。私の園でも偶に他の園から遊びに来てくれる子や転園してきたりする子は、「お片付けしよう」と声をかけられた途端に遊びをやめ、テキパキ片づけようとすることが多く、日頃どんな環境にいるのかなと心配になったりもします。それは、よいしつけを受けているというより、よい調教を受けているというような姿に重なります。

片付けは個人のペースで個々にできるようにすることを目標とすべきで、一斉に声掛けするような機会はなるべく減らしたほうがよいと思います。そして、ひとつの遊びに十分な時間をとること、あと5分もしくは10分あればもっと深められる時に片づけの時間がきた時は職員間で配置を修正しながら、待ってあげることも大切にしています。なぜなら、内発性という意欲の原点が将来にとって大人の皆さんが感じている以上に非常に重要だからです。

日本人の子ども時代はまるで軍隊のように一斉に気持ちや行動を切り替えることを優先されてきましたが、未だにそれが慣習として健在です。しかし、それは現代社会では最優先事項ではありません。子どもが片付けするのが大変だからと、遊び道具を少しずつしか出さなくなったりしたら、幼児教育的・人格形成期としては重大な損失を受けているともいえる姿です。

片づけや整理整頓への感性は生まれながらの男の子と女の子にも脳の働き方に違いがあると思います。女の子は大して教えなくてもまだ3歳未満というのに自主的に服をたたもうとしたり、くつを丁寧にしまったりしようとする姿もよく見かけます。一方、男の子はやればできるのに片づけには全然興味が湧かないという姿も多いものです。本来の才能や感性を潰さないためには、このような違いを理解することも大切です。

大変興味深いのは、部屋が少し散らかっている時、子どもは生き生きとしながら種類の違う関係ない遊び道具や玩具を自分の想像力でつなぎ合わせ、新しい空間や概念をつくってしまうことです。例えば、ブロックと木工知育玩具、トランプやオセロ、手作りのものなど全く違う遊び道具を組み合わせ、自分たちで新たな空間と遊びを作り出すようなことをします。

早くから行儀をしつけられたりする子や片付けを徹底させられているような子にこのような想像力は育まれません。ソニー創業者の井深大さんも著書「0歳からの母親作戦」の中で“適度に散らかった部屋の方が子どもの知的好奇心や探究心が伸びる”と言っており、正にその通りだと実感します。つまり、大人から見える“散らかっている”は、子どもには“散らかっていない”のです。空地に積んであるようなガラクタも子ども達には宝の山なのです。屋外だけでなく、室内も同じです。

それでも、片づけをしっかりさせたいという場合は、“片付けそのものを遊びにしてしまう”ことです。片付けが嫌いな男の子にはむしろ難しく分別して完成したらパズルを組み立てた時のような達成感があるようにする等の方が上手くいきます。"



author

橋井健司。保育士・研修指導講師。新教育デザイニング株式会社 代表取締役。社会福祉法人の監事。

著書
「世界基準の幼稚園~6歳までにリーダーシップは磨かれる」
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