幼児教育とグローバル基準の保育

幼児のファンタジーな世界と無限の可能性。小さな発見やフローの積み重ねからイノベーティブな未来を創る。有能感を持った自立した人間として、生涯を通して学び続ける資質を持って成長できるよう、今しかできない幼少期の土台作りを支援します。



書店で「世界基準の幼稚園」をお求めになる方へ

「本は書店で買いたい」という方が、探しやすいよう注文票を用意しました。下の用紙を印刷して本屋さんへ持参するとやりとりがスムースです。もし、本が置かれてなかった場合は、そのまま注文書にできますので書店にお渡しください。よろしくお願い致します。

*出版社に直接送るものではありませんのでご注意下さい。


「世界基準の幼稚園~6歳までにリーダーシップは磨かれる」
世界基準の幼稚園注文書




幼児期:一番恐い「運動不足」は“手指”

「運動不足」というと、動き回ったり、駆け回ったりすることが不足していることを連想すると思います。雨の日など、確かに子どもは一日中外に出られないとイライラすることもありますよね。全身をつかっての運動は大切です。

しかし、見落とされやすいことなのですが、発達上で一番恐い運動不足は「手指」です。著書「世界基準の幼稚園」にはエピソードを入れながら詳しく書きましたのでぜひご参照ください。言葉や認知の発達、人格形成まで深く関わります。

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手指がどの程度動くかを考えながら、習熟度に応じて適切な課題を提示します。できない(楽しめない)ようであれば、無理してがんばらせず、課題を下げます。

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お箸も食事の時に練習ではお腹も減っているし、食べることがつまらなくなってしまいますよね。
ひも通しはモチベーションが上がるデザインを、一人一人の好みに合わせて先生が用意しています。

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新聞紙を「ちぎり」、「丸める」、「投げる」も単なる発散あそびではなく、教育的狙いをもってやっています。ワーワーキャーキャーいいながらも、どの子がどの程度までできるか、観察しています。


世界基準の幼稚園 6歳までにリーダーシップは磨かれる
橋井 健司
光文社
2017-10-17
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政策が話題にならない本当の理由

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選挙戦を通じて政策議論が盛り上がらず、開票速報でも政策の話題より、“次は誰を選ぶか”や“誰と組むのか”、“それは正しかったか間違っていたか”等のようなことばかりが報じられている。辟易している人も多いと思うが、果たしてマスメディアだけのせいだろうか。

マスコミは視聴率が取れることをするので、それが政策話題であれば各候補の政策に対する考えをどんどん取り上げる。国民の多くが政策の話を聞いてワクワク興奮するのであれば、インタビューアーの質問内容やコメンテイターのメンツもがらりと変わる。しかし、現状マスコミが注目しているのは「空気」や「風」であり、ある意味それに対しては選挙前も後も一貫性さえ保っている。

この「空気」や「風」ばかりに興味が湧くという体質はどこから来るのであろうか?仮に、“日本人はそういう体質だから仕方ない”とすれば、それはどこから作られているのだろうか。

私が教育の世界から社会と対比して見渡す限り、「空気」や「風」に敏感であるのは、既に幼稚園や保育園から作られており、小学校や中学校で更にそれを“成長”させてしまっているように思う。

日本の教育現場では『ゼロからの対話』を幼児や児童または学生としているだろうか。子どもや生徒が何も考えずに登園や登校をしても、一日のメニューや一週間のスケジュールがすべて決まっており、自分たちで決めるというものが極めて少ない。
「話し合い」をするという場合も、最初から暗黙の正解があったり、大人の決めた枠内で踊らされているだけだったりすることが多い。だから今回敢えて分かりやすくするために「話し合い」という言葉ではなく、『ゼロからの対話』と表現した。(最初に何かが決まっている前提で子どもの意見を聞くというものではなく、子どもと一緒に考え、つくり出すという意味のもの)。

“どうして算数を学ぶのか”、“どうして昼寝をするのか”、“どうして毎日時間割があるのか”あるいは“それ以外の選択肢はないのか”など、子ども時代に日常生活の中で『ゼロからの対話』なくして大人になってから政策議論にワクワクしながら参加できるだろうか。そこに当事者意識を持てるだろうか。受け身でいるなら空気や風に敏感な方が上手く生きていける。社会を共につくることに対する興味は社会見学をしたり、地域交流をしたり、あるいは授業で政治を学べば湧くというものではない。

著書では、幼少期の発達段階においては子ども同士の話し合いより、大人との対話の方が大切ということを詳しく書いた。小学校高学年や中学生になればその比重はもちろん変わるが「ゼロからの対話」の必要性は変わらない。子育てや教育に関わる方の多くの方にご参考いただきたい。




著書 「あとがき」 訂正

著書の発売からまだ5日ですが、既に本を読んで下さった皆さま、どうもありがとうございます。

早速、共感されたとご感想をいただいたり、周囲にも広めたいとお返事をいただいたり、大変うれしく拝見しております。新しい発見や再確認によって、皆さんの場所、皆さんのフィールドで何かが変わり、お役に立てれば何よりの喜びです。「勇気がもてた!」「光が見えた!」というご感想もありました。

さて、著書のあとがき(おわりに)に的外れなメッセージが、園経営者向け書籍の原稿から間違って引用され、入っていることに今頃気づいてしまいました。大変失礼しました。。。本文の方は何度も校正しているのですが、まえがきとあとがきは表紙タイトルが決まってからの大慌ての編集で、チェックの際にすっかり見落としていました。
初版分はもう変更はできませんので、以下にて訂正させていただきます。

現在(不適切なもの):
この本では、幼児教育としての保育理念を浸透させ、質の高い運営を継続させる方法を書きまとめましたが、実践するにあたってお役に立ちましたでしょうか。「理論」と唱っている以上、「理論通りに作れば失敗しない」という責任を持って書きまとめたつもりです。不十分な点もあると思いますが、私自身は「理論」にこだわって、もっとみなさんが使いやすいものを開発できるよう研究を重ねて参りたいと思っています。


訂正(適切なもの):

この本は、ご家庭や一般の方にわかりやすく読めるよう、幼児教育や心理学の理論に実践のエピソードをつけて紹介したものですが、お役に立ちましたでしょうか。「理論」と唱っている以上、10年後、20年後に読んでも違和感がないものをと思って書きまとめましたが、方法については皆さんそれぞれの立場で柔軟に考えて欲しいと思っています。不十分な点もあると思いますが、私自身は更に皆さんに新しい発見をご報告できるよう毎日を過ごして参りたいと思っています。

よろしくお願い致します。




小学校への準備教育 〜型にはまっていく子どもたち

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以前、園長が集まる会で研修講師を務めたとき、「公立の保育園は大変なんですよ。小学校へ向けて『教育』をするよう以前より求められているので。私立保育園が羨ましいです。」という声を何人からか聞いた。
一方、昨日は私立の認可保育園を複数経営する代表者から「認可になったら大変なんですよ。小学校に向けての『教育』を行政の方から強く求められているので」と聞いた。

近年、公私立に関わらず、小学校への適応能力強化が以前より強く意識されるようになったと感じる。こういうプレッシャーは当然現場の担任にそのまま降り、2学期ともなれば年長児は残り180日の幼児期を伸び伸び過ごすどころか、日々、小学校の授業に耐えられるようにと意識され、働きかけられる。

しかし、このような場面で『教育』という言葉が使われるとき、そのほとんどが幼稚園教育要領や保育所保育指針の中にある子どもの発達に応じた教育とは別世界のことがイメージされ、逸脱した内容が子どもたちへ働きかけられる。(著書の中では「軽視される2冊のバイブル」とライターが見出しをつけ、原稿をコラムにまとめてくれた)


その「(偽)教育」の背景にあるのが「小1プロブレム」の増加。未だに変わらない小学校の授業スタイルにも問題はあるが、落ち着きのない子が多いのも確かに問題ではある。しかし、この問題の改善を保育園や幼稚園だけに期待して解決できるのであろうか。保育士として発達の観点から言うと、就学直前の5、6歳の子に働きかければよいという問題ではなく、もっと幼い時期からの細かいフォローが必要と思える。

踏み込んでいえば、小1プロブレムの原因については、集団生活開始の早期化や長時間化によるフロー体験の減少や不安定愛着、兄弟姉妹以外の異年齢で過ごす時間の少なさ、及び発達に困難を抱える子の増加など、それらの要因も考慮して対応すべきだと感じる。少なくとも、5、6歳になってから小学校のためにと特別に準備するものではない。

社会はグローバルでも国内でも、型にはまらない人間を益々求めているのに対し、日本の幼児たちは益々型にはまるよう仕向けられる。6歳までにどんな環境が必要か。どうすれば、小1プロブレムを減らせるかとも共通することが多い。本の売り込みと思われて全く構わないが、長期間プロジェクトチームにおいて時間を使い、多くの文献購読に費用をかけ、練ってきたものなので一人でも多くの方に読んでいただきたい。





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