幼児教育とグローバル基準の保育

幼児のファンタジーな世界と無限の可能性。小さな発見やフローの積み重ねからイノベーティブな未来を創る。有能感を持った自立した人間として、生涯を通して学び続ける資質を持って成長できるよう、今しかできない幼少期の土台作りを支援します。



599mへの道 登山パート3(高尾山)

年長が登山活動として最終回となる「高尾山」に行きました。1回目は標高約100m、2回目は300m、今回は600mです。これまでの体力や意欲を考慮した上で登りはケーブルカーを使わず、太い木の根っこや岩が階段状に重なる箇所が幾つもある最も険しいコースで頂上を目指しました。また、季節の自然体験も兼ねて紅葉が最も美しい時期を選び、それを一番多く感じられるコースとしても選択しました。
参加した園児はとても楽しみにしてくれていたようで行きの電車の中では登山マップを見ながら「次は富士山登りたい!」とも言いながら、盛り上がっていました。ただ、登り始めると今までとは違い、自分のひざを越えるような高さで石や根がいくつもいくつも続き、やっと辿り着いたと思った展望台は頂上までまだ半分の距離でした。この日は今年一番の寒さで太陽も出ていない天候でしたが、それでも「暑い!」と上着を脱いで果敢に登っていく園児の姿に、行き交うご高齢の登山者の方々からは「ねぇ、小学何年生なの?」と声をかけられる場面も何回かありました。
後半の1.5kmは徐々に体力も消耗し、休憩の間隔は短くなりましたが、それでも1分も座れば「もう出発する!」と早足で歩き出し、大人の回復能力との違いに私の方が置いて行かれそうになりました(笑)。
その後も登っても、登ってもまだまだ続く坂道に「まだ着かないね~」とため息も増えてきましたが、「じゃあ、途中でお弁当にしようか」と聞くと「いやだ、頂上で食べたい!」と登り続けました。前回の登山で味わった“頂上での味”が忘れられないようです。山々のきれいな紅葉も子どもの気持ちを励ましてくれるようです。
最後は途中で後ろにひっくり返りそうになる程の長く険しい階段が続きました。2時間弱を休憩4~5回で頂上に着いた時には最後まで力を振り絞った今までに見たことのない勇敢な表情をしていましたが、お弁当を食べると達成感に浸る間もなく「ケーブルカー乗りたい」「てんぐ見たい!」ともう次の目的に気持ちが向いていました・笑。下山の最中には「サル園」にも立ち寄ると、飼育員さんが猿社会のルールや生殖などをサル山の中からマイクを使って説明してくれる時間と偶々重なり、貴重な体験もできました。
往路の電車は朝のラッシュで半分以上立つことになるためそこで消耗する体力や集中力もある程度計算して登山に臨んでいますが、それでも今回は本当によく頑張りました。前回も今回も園児が前を歩き、もし途中で無理そうだったり、意欲が続かなければそこまでの努力を讃え、いつでも引き返すつもりでした。帰り道には「地獄のような階段だったよね~」「楽しかったけど本当に大変だったね~」と笑顔で振り返りながらも今までとは違う言葉が出てきました。苦しくても自ら最後までやり遂げる強い意志を持つようになった成長に感動もさせてもらいました。今回の成果はきっとこれから先に日常生活で出てくることと楽しみにしています。小学校へ向けて大きな自信にもなったことと思います。
登っている最中には来年、再来年登る子ども達の姿も頭に浮かびました。園に戻るとその子たちが輝かしい顔をして年長さんの帰りを待ちわび、取り囲んでいました。新たな歴史を作ってくれた年長さんと荷物や集合時間など準備にいろいろとご協力をいただいたご父兄、先生たちに心から感謝をしております。


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伝統文化に親しむ 「書道」

地域の教室で出かけて書道を行うことを子ども達が知ると、特にいつも年長や年中が社会活動に外出するのを羨ましそうに見ている年少の子たちは自分たちにも出番が来て大いに張り切っていました。教室に入って正座をし、先生から「一人ずつ名前を言って下さい」と言われると、年少は苗字を省いて名前だけだったり、名前の後にくんをつけたり可愛らしく(笑)、年長はしっかりとフルネームで「です」まで付けて言えました。

書道は字を書くことだけでなく、正座をして硯の上で墨を刷りながら匂いを感じるところから始めさせてもらいました。「墨の香は心を落ち着かせるアロマ効果もあり、昔の人はこうやって心を落ち着かせていたんです」というお話を先生から以前にお聞きしました。子ども達も普通に正座をし、筆を持っている時は背筋もピンと伸びて呼吸も落ち着いているので不思議です。絵の具の筆を持っている時とは全く違う感覚です。漢字の「一」「十」「三」などを(文字の認識がなくてもよしとして)手本に沿って書き、年齢によって自分なりの成果を感じながら、漢字の意味が分かっている年長は特に喜びを感じたようです。また、先生がひとりひとりの名前を色のついた墨で丁寧に書いてプレゼントしてくれたことも心がこもって嬉しかったようです。

後ほど先生から届けられた活動後記には「みなさん行儀がよく、日頃の保育生活がしっかりされていること素晴らしいですね」という言葉を頂きました。特別な行儀の練習はしていませんが、子ども達の意欲と好奇心の大きさがその場の空気を察知しながら行動する力を生み出していることと思います。種類や分野が違うひとつひとつ体験活動がしっかりと相互につながり、健全な成長を促していることを子ども達の行動から知ることができます。

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「外遊び」と課題発見力②

園児の皆さんが3月に卒園をする時、アトリエで先生の指導のもと「楽しかった思い出」の絵を描いていますが、毎年何人かの子は伸び伸びと外遊びを楽しんだ様子を描いてくれて嬉しくます。また、今年の入園式では年長の子が一年間で楽しかった思い出として外遊びでのお友達との様子を絵にして発表してくれました。定期的に他園から来る子の中には広い公園で遊べることを楽しみに来てくれる子もいます。
これまで長い時間外遊びができる職員配置や年間の活動運営に工夫を重ねて参りましたが、今では職員たち自身が子ども達を屋外で伸び伸びと遊ばせた方が知育や表現活動でも飛躍すると実感してくれています。毎日天候によって自主的にスケジュールを組み替える等、臨機応変な対応をしてくれることにも大変感謝しています。また、いつも一番最初に公園に着いたり、一番最後までいられたりできるのも、登園時間への協力や行事練習に余計な時間を費やさないことへの理解など保護者の皆さんによる協力も大きく、カリキュラムの充実はみんなの力でそれを達成できていると感じています。結果として一年中様々な体験活動や知育活動がありながらも、外遊びがたっぷりと出来る習慣と体制が出来上がりました。
人間とは不思議なもので便利なものが目の前にあると大して有効に使わず、それがないと何としても得たいと努力するものと感じます。もし小さな園庭が目の前にあったらこのようなことにもならなかったのではと感じます。

外遊びは子どもにとって創造性や人間関係など様々なことを試行錯誤しながら学ぶ実験場であり、滑り台も上から下へ降りるだけのものではなく、下から上へ登る子もいることでどんな場合にはどちら側が優先か等、最初は援助されながらも自分たちの身体感覚で分かるうようになってきます。このような感覚がコミュニケーション能力の基礎ともなります。小学生になって簡単に友達とぶつかったり、意見の違いを乗り越えられなかったりするのは、幼児期にこのような経験が少なかったのではとも感じます。大きくなった時に園の名前を忘れても“小さい時、広い場所で思い切り遊んだ!”とは記憶にあるようにしたいと常に思っています。


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少人数クラスが受ける恩恵

数年前、海外の小学校に進学した子のクラス写真を見せてもらうと、20人程度の子どもの両端に大人が2名立っていました。「どちらが担任の先生ですか」と聞くと、「両方です」と言われて少し驚きました。欧米ではなくアジアの国です。

先日、「財務省、公立小学校で導入されている35人学級について40人学級の復活を文部科学省に求める方針を固める」というニュースが報道されました。財源確保のための支出抑制を目的にしたものですが、世界を見れば約30ヵ国を対象とするOECDの教育調査ではこの10年間、小学校一クラスの平均生徒数は「25人以下」となっており、2013年資料でもほとんどの国が1クラス平均は20人台となっています。35人でも相当な大人数であり、公立よりは人数が少ない私立でも日本では決して恵まれているとは言えない環境です。

 

一方、“クラスが大人数か少人数かで投資に見合うほど学力の差がつくのか”という疑問については、日本の教育システム上で理解し得る部分もあります。学ぶ側の発問を評価しない教育、学ぶ側が主体的に経験を再構成していくことを主としない教育ではその成果は表面的であり、塾が当たり前のように前提とされている国であればそれで機能しているからです。教育における“一人ひとりを細かく見れる”ことによる成長の差は、現在のクイズのようなテストや受験問題を解くための力よりも、個性や独創性、協調性などが評価される尺度によってより大きく表れるものと現場で実感しています。

 

もう一つ、少人数クラスが受ける恩恵的なものとして、一般にはあまり知られていない側面があります。

8月のことですが、朝から担任の先生たちが園児一人ひとりに対する表現活動の準備をしていました。その日は子ども達が楽しみにしている「流しそうめん」行事の日なので、翌日の準備をしていると思いました。流しそうめんは後片付けも結構大変で、そうめんが付いた床を掃除したり、流水をためたプールをしまったり、子ども達がいる中での作業にバタバタとします。行事が終わった後の午後の時間は、職員の休息も兼ねて当然自由時間だと思っていました。ところが、子ども達が食べ終わって少しゆっくり過ごした後には先生たちが朝準備をしていた表現活動を提示していました。ワイワイ楽しんだ流しそうめん行事が終わったばかりなのに子ども達が自ら落ち着いて机に向かい、集中して手指を動かしている姿にも驚きましたが、先生たちの切り替えの速さにも驚きました。子ども達にとっては行事も活動も遊びの延長として行っているのでどちらも自然な姿として映っていました。

同じように先週、電車に乗って少し遠出をする屋外での自然活動がある日、朝から担任の先生たちが忙しそうに絵の具とスポイトを用意して数字のカードを作っていました。特にこの日は年少が初めて参加する日でもあり、準備からいつも以上に緊張感があったので日を間違えているのかなとも思いましたが、やはりそうではなく帰ってきた後に手の込んだ活動を行おうと準備をしていました。先生たちの絶え間ない努力と成長援助への目標意識には心から感謝しています。一方で少人数クラスだから準備や片付け、移動などで時間や労力を効率化でき、一つのことで疲れ切ってしまわないで次のことができるということも少なからず大きいことと思っています。

 

少人数クラスは背景として“機会に恵まれる”ことが多く、好きなことを積み重ねたり、新たな自分の能力と出会ったりすることが増えます。機会さえ多ければ成果が上がるとは思いませんが、主体的な意欲による「発達の連続性」はそれなりに体験の種類や回数も多くなければ事象として現れません。楽しむだけで夢中になるまで達しなかったり、自信まで至らなかったりで終わってしまうのはもったいないと感じます。“習うより慣れろ”ということわざがある通り、最初は苦手なものでもいつの間にか好きになっていることもよくあり、自分なりに課題を調節していく能力もつきます。

子ども達の成長していく姿、それにやりがいや喜びを感じる先生たちの姿を見られることは大変嬉しいことであり、まだまだ出来ることがあると思っていますので、引き続きその可能性を広げていきたいと思います。


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Happy Halloween

数日前から沢山の園児がハロウィンの日を楽しみにしていました。Happy Halloween!と“魔女さん”と“ガイコツさん”が入口から入ってくると、子ども達は「ワー!」「凄い!」笑顔で歓声を上げました。
今年のハロウィンは海外生まれの園児のご両親にお手伝いをいただきました。最初に子ども達は事前に打ち合わせをして決めておいた仮装の衣装作りを楽しみました。「わたし似合う?」「恰好いい?」と友達同士で見せ合う姿や声が目立ち、子ども達はファンタジーの世界の中に身をおいて遊んでいるようでした。
ガイコツの衣装をまとったお父様が英語で数字遊びを始めると子ども達は嬉しそうに集まり、ハロウィンに関する絵本の読み聞かせも英語のみで行いましたが、みんな真剣に聴きながら内容も理解していました。そしてお楽しみのりんごを、手を使わず口で取るゲームでは、小さな口でパクリと取って食べ、一人ずつ「Trick or Treat !」と言って魔女さんとガイコツさんからお菓子をもらいました。手づくりの衣装を気に入った子は給食もそれを着たまま食べて過ごし、続きを楽しみました。
日頃から自分で物語を想像して絵画をしたり、遊んだりしている子ほど会を通じて楽しんでいる様子でした。ハロウィンは日本でもすっかり定着し、幼児たちに魅力的なファンタジーがありますので事前の表現活動にも教育課程を意識しながら上手に活用したいと改めて思いました。
お手伝いいただいた園児のご両親、前日遅くまで準備していた先生たちに心から感謝しております。



author

橋井健司。保育士・研修指導講師。新教育デザイニング株式会社 代表取締役。社会福祉法人の監事。

著書
「世界基準の幼稚園~6歳までにリーダーシップは磨かれる」
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