幼児教育とグローバル基準の保育

幼児のファンタジーな世界と無限の可能性。小さな発見やフローの積み重ねからイノベーティブな未来を創る。有能感を持った自立した人間として、生涯を通して学び続ける資質を持って成長できるよう、今しかできない幼少期の土台作りを支援します。



「組体操」〜身体表現としての美〜

8月のプールをしている期間に担任と体操の指導講師が話し合い、秋からの年長の活動として「組体操をやってみよう」ということになりました。園としては初めてであり、もし出来ればスポーツ行事で披露したいというねらいも持ってですが、保育者、講師共に“子どもが主体的な意欲を出さない限り援助しない”という基本を普段から共有しており、只でさえ、主体性を育む保育方針とは合わなさそうな(社会主義国と日本ぐらいでしか行われていない)「組体操」が成立するのか半信半疑でのスタートでした。そして開始時点ではスポーツ行事のプログラムには入れず、様子を見てからということになりました。

一方、体操の講師は私達とは違う視点(骨の強さや体の軸が発達しているか、聞いた指示が体に入るか、信頼関係があるか等)から対象となる子どもをよく観察しており、自信を持っていました。途中であまりに凄い(小学校高学年レベルの)演技プランも入っているのを見て、一部は削らせてもらったのですが(笑)、活動中もハラハラするところはなく何よりもやっている子ども自身が生き生きとして楽しむ勇敢な姿が印象的でした。その姿は運動会での完成度の高い出し物というより、幼児期から学童期への途上で体と精神の両方に軸が備わり、“身体表現を悠々と楽しむ美しい姿”とさえ感じさせるものでした。実際にどの子も6歳前後の歯牙交代期に入ると身体の骨格が明らかに変わり、身体の外見上では幼児期が終わりを迎えようとしていることを感じさせます。予行活動の際には、見学をしていた年下の子たちが無言で目を凝らしたまま、まるで大きな別人を見るような眼差しで観ている姿も興味深いものでした。

行事の後で体操指導の先生にお礼を言うと「今までの積み重ねがあったので出来ました。」と言われました。組体操はそれ自体に身体や精神を鍛える効果を求めるのではなく、これまでに培われた体育、知育、徳育をベースにしての身体表現活動と捉えるのがより自然と感じました。最近メディアで小中学校における「組体操」での事故が多いことが報道され、賛否両論にて話題になっておりますが、どれも子ども側からの視点や意見があまり反映されていないように感じます。そもそも身体発達はみな一律ではないので、同じ学年の100人全員にさせるか、させないか二者択一で考えることに無理があると思います。組体操は教育目標でなく、手段に過ぎません。ある子には目標へ向けての最適な手段であっても、ある子には不適切な手段ということもあります。

2~3年同じ子を見させてもらって大体の性格や個性を把握しても、毎年年長の最後の一年は大きな変化があり、私達自身が驚かされます。毎日の積み重ねと心の安定があれば、それはやがて芽を出し、恥ずかしがり屋と言われた子たちが緊張感さえ楽しめるほどになる姿を沢山見させてもらいました。先入観を持たず環境を提示し、援助することの大切さを保育者も子ども達から学ばせてもらっています。



Meisy Goes Shopping

今週は、英国から来日している園児のお婆様が子ども達との遊びを提案してくれ、園を訪れてくれる機会がありました。絵本を読んでくれたり、手足を使っての歌遊びを披露してくれたりの大変楽しいひと時であり、言葉を短く、わかりやすく、丁寧に子ども達に接する姿勢も大変印象的でした。
読み聞かせは、子ども達が好きな「お買いもの」をテーマにした"Meisy Goes Shopping"と数遊びの絵本を持参してくれました。多くの園児たちがグッと内容に引き寄せられ、英語で進行しながらも集中してお話を聞いていました。お婆様が帰る際には園児たちから「また来てね!」という言葉が自然に発せられました。

これからは日本の子ども達が幼児期や児童期から海外に一定期間住むこともより増えることと思います。そんな時にはぜひ現地の幼稚園や学校に日本の遊びや歌を提案していただければ素晴らしい機会になることと思います。日本語の意味が分からなくても、くり返しの言葉のリズムや韻は幼児にとって心地よいものです。おはじきやビー玉は遊び方が分からなくても、丸い形で透明なカラーは見ているだけで楽しいものです。小さなうちから肌や目の色が違う人同士が触れ合いながら、遊びを通して親しみを感じる体験は貴重なものと思います。


meisy goes shopping



好きな「お弁当箱」、自分で詰める効果


自分の好きなお弁当箱を自宅から持参してもらう機会を今月2回ほど設けました。朝から子ども達がお弁当箱を見せ合いながら楽しそうにしている姿が目立ち、自分で詰めることを楽しみにしていました。
給食の献立も詰合せ用の特別メニューにしました。自分で詰めることで食べられる量が分かり、食べる量も増えます。嫌いなものにも口をつけてみようとする姿も目立ちました。幼児たちにとってはごっこ遊びの延長のように楽しんでいました。いつも歌う給食の歌も、この日は「お弁当、お弁当、うれしいな~♪」と変わり、お気に入りのお弁当箱を前に特別な雰囲気です。いただきますをした後、しばらくの間は一言も声がしないぐらいシーンとして黙々と食べることに夢中の様子でした。

以下は栄養士の先生の指導手記です。

① 1回目
朝から楽しみにしていたようで、自分のお弁当箱を見せに来てくれる子ども達がいました。
自分でお弁当箱に詰めて「なにをどれだけ食べたらよいか」少しでも知ってもらいたいと思い、企画しました。食事中は黙って食べる子どもが多く、いつもより集中していたと思います。人参は、はちみつと御砂糖と御塩で甘く煮ると「お菓子みたい!」とおかわりをしてくれる子どもが多かったです。今月もう一回あります。今日とすこし献立を変えてみたいと思います。

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② 2回目
前回と少しメニューを変え、今回は園にある子ども達が好きなお弁当の本となるべく似たようなメニューにしたいと思い、レンコン、干し椎茸、ごぼう、花型人参の煮物を作りました。トマト、キュウリ、青のりのから揚げも入れました。
お弁当箱に詰めるだけですが、とても楽しそうにどこに何を入れようかと考えながら、素敵な美味しそうなお弁当になりました。
いつもと少し目先を変えただけですが、食欲も違ってきます。静かに黙々と食べていました。今後も定期的に行っていきたいと思います。


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「運動会」をしない理由

園ではもうすぐ秋の親子スポーツピクニック会 “フェット・デュ・スポール” があります。マイクなし、BGMなしの環境の中、親子で運動遊びを楽しみながら、“競争”と“共創”に親しんで家族間の交流を楽しみます。9月に入ってからの屋外遊びでは環境設定の中に大道具を使ったり、直線や曲線を思い切り走れる工夫をしたり、援助や指導のあり方も環境の一部に含めて子ども達が自ら意欲的に環境に入れる工夫をしながら毎日を送っています。当日は何名かの卒園児の皆さんも参加してくれることになり、とても楽しみです。
以下は、園の保護者の皆さんにお渡ししたプリントから抜粋したものです。

なぜ「運動会」と違うの?

「運動会」での子どもの姿は確かに感動的ですが、その姿を見せるまでの過程には子どもよりも大人が主体となって形をきめ細かく指導し、自発的ではない受け身的な練習を続ける毎日があります。当園では子どもがどんな場面でも内発的動機づけで自分の興味を発展させ、自分で工夫する努力の積み重ねが楽しく、労苦ではないと感じる資質を持って幼児期を終えることを最も大切な目標にしています。運動能力面における成長や成果については、このF.D.S.ではなく、「発達における到達度レポート」および体操活動の公開日(年2回)にて、そこで説明させていただいております。

それで「協調性」や「競争心」は大丈夫なの?
遊戯や行進、整列でみんなに同じ動きを訓練することが「協調性」を高めることになるでしょうか。協調性とは他人の感情を自分に置き換え、自分と違う他人と共有、共存できる部分を繰り返し見つけようとする作業から生まれます。日本では教育関係者までも「協調性」と『同調性』の区別がついていないことが多い現状です。
「競争心」は煽らなくても誰もが持っている生存本能プログラムです。自分が積み重ねた実力もない段階で人に勝つことを褒められたり、喜ばれたりすれば常に自分より弱い相手を探すようになります。当園ではどんな場面でも“昨日までの自分に挑戦し、自分に勝つことが楽しい”と感じる「ラーニングゴール志向」を大切にしております(それが、結果的に多くの人に勝つということにもつながります)。将来大きな世界で競争する時のためにも評価の軸を他人との比較ではなく、自分自身に持てるようにしています。



愛情に包まれる子ども達

子ども達の自立に欠かせない「温もり」や「愛情」の正体とはどんなものでしょうか。毎年9月に敬老の日に合わせて祖父母の皆さんに来園していただく交流行事を楽しみにしております。園の中は“見返りを期待しない温もりや愛情”、そして“余白”によって和みの空間に包まれ、子ども達に安心とリラックスした幸せそうな笑顔が広がります。

今年も手や体を触れ合うゲームで園児と祖父母の皆さんとが和気合いあいと過ごし、おはじきやめんこ、ダルマ落し、お手玉、コマ等の昔の遊びも一緒に楽しんで盛り上がりました。また、ギターを披露してくれるお爺様やそろばんを持参してくれるお婆様もいて楽しませていただきました。昔の遊び道具には、日頃耳にしない独特の「音」があることも子ども達や先生が感じ、新鮮な発見になりました。また、ダルマ落しもコマ回しも、めんこも、おはじきもそれなりに身体の細部に瞬間的にかなりの力を入れたり、抜いたりしなければならず、どれも現代の子ども達が苦手とする手指の細かい動きと関係しているようにも感じました。


“見返りを期待しない愛情”や“余白”は、子ども達に勇気や強さも与えます。今回の行事でも、当日の朝になって「私の好きな歌をプレゼントしたい」と一人で歌う子が出たり、園を代表しての初めての挨拶を大きな声で言える子達が現れたり、年少の子達から新しい姿が見られました。また、年長児からも手作りのプレゼントを一人ひとりへメッセージを変えて作りたいという要望が事前にあり、当日渡してもらいました。

見返りを期待しない愛情を与えるということは親の立場では難しく、出来なくて当然のことであり、保育の専門職でも余程の経験を積まないとこの域には達しないと思います。私の周りにも職員や講師を含めて60代や70代の先生たちがおりますが、大変学ぶことが多く、憧れの気持ちも抱きながら勉強させてもらっています。保育理念を実現する上でもこの世代の方々の協力は欠かせないと感じています。

いつまでも元気に過ごされ、子ども達を温かく見守りながら、経験から自然と出る手本を私たちにお示しいただければと思います。それが自然と子ども達に「敬老」の意識へとつながり、これからの超高齢化社会を生き抜くヒントにもなれば尚嬉しく思います。

 




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橋井健司。保育士・研修指導講師。新教育デザイニング株式会社 代表取締役。社会福祉法人の監事。

著書
「世界基準の幼稚園~6歳までにリーダーシップは磨かれる」
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