幼児教育とグローバル基準の保育

幼児のファンタジーな世界と無限の可能性。小さな発見やフローの積み重ねからイノベーティブな未来を創る。有能感を持った自立した人間として、生涯を通して学び続ける資質を持って成長できるよう、今しかできない幼少期の土台作りを支援します。



巧緻性と表現力

2学期に入ると1学期は折り紙に興味を示さなかった子が、興味を示して意欲的に参加するようになったり、より複雑なものを折ったり、そして絵画と組み合わせた時の表現力も幅が広がっている姿が目立ちます。

巧緻性も表現力も反復練習だけではそれほど伸びません。例えば、折り紙で“どんぐりを折ってみたい”という意欲の背景には、外遊びで秋の自然に触れる機会が充実したり、季節の歌を楽しい雰囲気の中で歌ったり、身体で表現していることが関係しています。自分で折った作品を画用紙に貼ってクレパスで絵を描く時には、季節の歌を唄いながらや自分で考えた物語をぶつぶつ言いながらの姿があり、描き始めた時点から素晴らしい作品が出来上がる雰囲気があります。傍で見ていてもとても気持ちがいいものです。
最近では特徴を出すためにひとつの分野に力を入れたり、反復練習ばかりを優先したりする園もありますが、幼児教育で大切なことは幅広い体験活動から自発的に積み重ねていけるものの中にあります。
また、活動時に力を発揮できるかどうかは“自由時間のあり方”にもあります。1学期と2学期では子ども達の関心も変化しており、遊びに関する環境設定や援助のあり方も変える必要があります。日本の大人数教育環境で育つと自由時間は発散する時間と思いがちですが、子どもは本質的に遊びと勉強の境界線はなく、自由時間に提示活動以上の成果を上げてしまうことは日頃から頻繁にあります。世界の少人数教育と比べて大きな差がついてしまうのが、生活を含めた自由な時間や空間での援助のあり方にあることと思います。一年中、活動と言えば行事の練習ばかりしていて自由時間は発散の時間と考えているような日本とは、幼児の段階でかなりの差がつきます。

今月から、秋の過ごしやすい時期を捉えて朝早くから公園へ行く日には、先生たちが公園で朝のお話をし、みんなで季節の歌を唄っています。ピアノがなくても、椅子で整列させなくても、子ども達は意欲的に参加しています。

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サイエンス|皆既月食

「赤くなった後、雲がいっぱいで見えなくなった」「少しだけ光ってた」「お月様、黒っぽかった」「雲でお月様がいなかったから、テレビでみた」など、皆既月食の翌日、多くの子ども達が夜空を見上げた様子を先生にお話していました。中には1時間ぐらいの変化を順番に細かく言葉で表現している子もおり、驚きました。みんなで同じ空を見てもそれぞれ感じ方が違い、自分の心で感じたことを言葉にして伝える様子はとても嬉しい姿でした。好奇心にあふれる豊かな表情も印象的でした。保護者の皆さんのご協力にも大変有難く思います。
2週間ほど前、理科の先生をしている卒園児のお母様より「10月8日に皆既月食があります」という連絡をいただき、スケッチシートを届けて下さいました。これは素晴らしい機会と思いながら直前にスポーツ行事があり、8日当日は「稲刈り活動」もある中、月食を見るのは家庭でということもあって、ついつい準備が後になってしまいました。それでも担任の先生が前日夜に内容をまとめ上げてくれて、当日に子ども達にお話することができました。もちろん幼児に対してなので難しい説明は省いて月の形や色が短い間に変わる、不思議なことが起こるということだけなのですが、十五夜で「お月様」に対する興味を広げた子ども達は興味津々でした。
月食の翌日の子ども達の言葉を聞き、表情を見て、本当に取り上げて良かったと思いました。「不思議!」「なぜ?」と思ったことが、やがて次の関心へと広がっていく様子を卒園した子達からも多く見て来たのでとても楽しみに感じます。様々な行事や活動がある中、幼児に対して「皆既月食」まで取り上げようとは時間的にも中々届かないので身近で提案して下さる方がいるのは大変有難いものと感謝しております。次回の皆既月食は2015年4月4日のようです。進級や進学した子たちの気づきや着眼点がどのように変化しているかを、皆さんも楽しみにして下さればと思います。


自然と子ども|稲刈り

田植えに続いて稲刈りに今年も年長と年中の園児が参加しました。東京23区の中で1,500平米もの水田があるのはごくわずかのようで貴重な体験となっております。

田植えの時から自分の背丈以上に大きくなった「稲」を見ると驚きの表情を見せながら、利き手にカマをもち、もう片方の手で稲をつかみました。最初は恐る恐る手を動かしながら中々刈れないのが、慣れてくると手に力を入れてゴリゴリと根っこから素早く刈り取ることができました。最後の方は余裕で、少しでも援助しようとすると、「自分でやる!」と頼もしい限りでした。園で前日に図鑑を見ながらお話した「稲穂を踏んでしまわないこと」「カマは危ないので丁寧に扱うこと」等の注意事項もよく覚えてくれていました。

稲刈りは10分ほどで終わり、子ども達にとっては隣の「山」や「沢」でたっぷり遊べることが最大のお楽しみのようです。水の音、自然の香り、土の感触などを感じながら、山を駆け回り、転がり、自分も自然の一部となりながら存分に遊んでいます。どんぐりは様々な種類が大量に山に散りばめられており、少し活発に走って遊んだ後は袋を持って静かに収集に夢中になっています。毎年この日は園に戻ると普段あまりお昼寝をしない大きな子達も自分から寝ています。今年は更にザリガニ釣りも子どもの要望によって行うことにし、道具とえさを準備しました。棲みかを見つけたり、タイミングを見ながら引く力を加減するのは中々難しいのですが夢中になっていました。その最中にも沢山のアメンボを見つけて興奮していると、田んぼからはカマキリ、キリギリス、コオロギなど、次々と虫がパレードのように表れ、その度に子ども達の目は輝きました。

幼い時に感じた自然の香りや音、感触、生き物の動きなどは、幼い今、尋ねても言葉で上手く表現できないものですが、ずっと覚えているものであり、大きくなった時に記憶から言葉でも引き出されます。社会から自然が失われる中で子ども達の感性も失われないように、貴重な自然環境の保全に感謝しながらその体験を大切にしていきたいと思います。

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「組体操」〜身体表現としての美〜

8月のプールをしている期間に担任と体操の指導講師が話し合い、秋からの年長の活動として「組体操をやってみよう」ということになりました。園としては初めてであり、もし出来ればスポーツ行事で披露したいというねらいも持ってですが、保育者、講師共に“子どもが主体的な意欲を出さない限り援助しない”という基本を普段から共有しており、只でさえ、主体性を育む保育方針とは合わなさそうな(社会主義国と日本ぐらいでしか行われていない)「組体操」が成立するのか半信半疑でのスタートでした。そして開始時点ではスポーツ行事のプログラムには入れず、様子を見てからということになりました。

一方、体操の講師は私達とは違う視点(骨の強さや体の軸が発達しているか、聞いた指示が体に入るか、信頼関係があるか等)から対象となる子どもをよく観察しており、自信を持っていました。途中であまりに凄い(小学校高学年レベルの)演技プランも入っているのを見て、一部は削らせてもらったのですが(笑)、活動中もハラハラするところはなく何よりもやっている子ども自身が生き生きとして楽しむ勇敢な姿が印象的でした。その姿は運動会での完成度の高い出し物というより、幼児期から学童期への途上で体と精神の両方に軸が備わり、“身体表現を悠々と楽しむ美しい姿”とさえ感じさせるものでした。実際にどの子も6歳前後の歯牙交代期に入ると身体の骨格が明らかに変わり、身体の外見上では幼児期が終わりを迎えようとしていることを感じさせます。予行活動の際には、見学をしていた年下の子たちが無言で目を凝らしたまま、まるで大きな別人を見るような眼差しで観ている姿も興味深いものでした。

行事の後で体操指導の先生にお礼を言うと「今までの積み重ねがあったので出来ました。」と言われました。組体操はそれ自体に身体や精神を鍛える効果を求めるのではなく、これまでに培われた体育、知育、徳育をベースにしての身体表現活動と捉えるのがより自然と感じました。最近メディアで小中学校における「組体操」での事故が多いことが報道され、賛否両論にて話題になっておりますが、どれも子ども側からの視点や意見があまり反映されていないように感じます。そもそも身体発達はみな一律ではないので、同じ学年の100人全員にさせるか、させないか二者択一で考えることに無理があると思います。組体操は教育目標でなく、手段に過ぎません。ある子には目標へ向けての最適な手段であっても、ある子には不適切な手段ということもあります。

2~3年同じ子を見させてもらって大体の性格や個性を把握しても、毎年年長の最後の一年は大きな変化があり、私達自身が驚かされます。毎日の積み重ねと心の安定があれば、それはやがて芽を出し、恥ずかしがり屋と言われた子たちが緊張感さえ楽しめるほどになる姿を沢山見させてもらいました。先入観を持たず環境を提示し、援助することの大切さを保育者も子ども達から学ばせてもらっています。



Meisy Goes Shopping

今週は、英国から来日している園児のお婆様が子ども達との遊びを提案してくれ、園を訪れてくれる機会がありました。絵本を読んでくれたり、手足を使っての歌遊びを披露してくれたりの大変楽しいひと時であり、言葉を短く、わかりやすく、丁寧に子ども達に接する姿勢も大変印象的でした。
読み聞かせは、子ども達が好きな「お買いもの」をテーマにした"Meisy Goes Shopping"と数遊びの絵本を持参してくれました。多くの園児たちがグッと内容に引き寄せられ、英語で進行しながらも集中してお話を聞いていました。お婆様が帰る際には園児たちから「また来てね!」という言葉が自然に発せられました。

これからは日本の子ども達が幼児期や児童期から海外に一定期間住むこともより増えることと思います。そんな時にはぜひ現地の幼稚園や学校に日本の遊びや歌を提案していただければ素晴らしい機会になることと思います。日本語の意味が分からなくても、くり返しの言葉のリズムや韻は幼児にとって心地よいものです。おはじきやビー玉は遊び方が分からなくても、丸い形で透明なカラーは見ているだけで楽しいものです。小さなうちから肌や目の色が違う人同士が触れ合いながら、遊びを通して親しみを感じる体験は貴重なものと思います。


meisy goes shopping




author

橋井健司。保育士・研修指導講師。新教育デザイニング株式会社 代表取締役。社会福祉法人の監事。

著書
「世界基準の幼稚園~6歳までにリーダーシップは磨かれる」
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