毎年「母の日」「父の日」という日があることにその良さをしみじみと感じております。小学校へ行くと大抵学校の授業に絡めては取り上げられなくなるのでぜひ幼児期にと思いますが、現代では家庭環境が多様化する中で幼稚園や保育園でも敢えてそのような機会を持ち込まないところも増えておりますので、実施するにも配慮が十分に行き届くよう心がけたいものです。

「母の日」「父の日」を園の表現活動に取り入れて最もいいなと思うところは、“子ども自身の気持ちを表出する機会を与えられる”と感じることです。親の大切さを教えようとしたり、感謝の気持ちを起こさせようとする働きかけも間違いではありませんが、それは大して意味がないと思っています。

子どもは園や学校にいて楽しんでいる間は親のことは忘れていると思われがちですが、いつでも心の支えとして親や兄弟姉妹の存在を心の中に抱えています。親の側から見ると、日頃十分な時間を持って関われていないのではなかろうか、親として十分な役割を果たせていないのではなかろうか等、自分の足りなさを心配したり、責めたりすることも多いと思いますが、子どもからすれば関わる時間が長くても短くても、毎日会えても会えなくても、毎日何回叱られても、“世界で一番好きな人”であることには変わりなく、それを堂々と表現できる機会があることは喜ばしいことです。中には手が届かない状況の中に親の存在があったり、或いは親が他界していたりするような環境にある子もいると思いますが、幼児のファンタジーな心の世界ではそのような状況下でも近い距離で生き続けていることが多いものです。この時期の子どもはファンタジーな世界と現実の世界を行ったり来たりしており、保育者はその世界観の中で個別に工夫をして援助するようなことも大切な役割です。この時期の子ども達にすべてを現実の中だけで対応したり、考えさせたりすることは間違った方法でもあると思います。

家庭だけでなく、宗教、身体、価値観など現代では一人ひとり様々な背景や事情がありますが、それを一概に“可哀そうな子がいるから”と捉えてみんなで何かをやめようとすることは、むしろ“みんな一緒”という括りのもとに不幸的感情を生んでしまうと思います。一方向から見ればハンデに感じることでも別の方向から見ればそうではないと気づけるような機会を与えることも、援助職としては大切な役割です。それぞれが違う環境の中にいることをありのままとらえ、全力で支援する方が“みんな違ってみんないい”と心の底から思える成長につながると思います。

母の日、父の日は、プレゼントをもらった親御さんが喜んでくれれば子どもにとって尚嬉しいですし、“自分のいないところでもこんなに考えていてくれたんだ!”と感じてくれれば親御さんにとっても有意義なことですが、たとえそれがなくても子どもの真っ直ぐな気持ちを素直に表出できる「自己表現」の機会として、子どものために価値あるものと思います。