日本人はかしこまった場で急に指名されたり、意見を求められたりすると中々言葉が出てきません。そして「先に言ってくれれば考えておいたのに!」と後で不満を言う人も多く、急に指名する側が非常識とさえ考える風潮があります。私は以前多国籍の人たちと仕事をしていましたが、突然指名や質問をされても「先に言ってよ!」という人はおりませんでした。逆に、喜んで(大したことのない…笑)自論を語り出したり、堂々と(質問と違う…)自分の考えを言い始めたりする人たちを数多く見てきました。発言に対する意識が、なぜ、日本人とこんなに違いがあるのでしょうか。指名されて意見を言えるのは度胸だけの違いでしょうか。そこにはどんな習慣や思考基盤があるのでしょうか。

ショウ・アンド・テルは、当番になった園児に80秒のスピーチタイムがタイマーで正確に与えられます。聴く側の園児たちはその間、質問したり、友達と話したりはできないルールにしています。80秒というのは幼児にとって長い時間であり、沈黙や空白は毎日あたり前のようにあります。実はこれに慣れることが第一の大切な目的です。沈黙で思考停止せず、みんなの前で考えながら話せるようにする環境設定です。予め練習してきたセリフを上手に話すようでは意味がありません。そんな簡単なことはわざわざ幼児期からやらなくても成長してからで十分です。ですので練習などはしてもらわないようにしています。

年長のある子は、最初の当番の時には一言も話さなかったため、80秒間みんなで沈黙しました。しかし、何も話さなかった場合、持参したおもちゃは先生が夕方まで預かることになっているため、みんなで遊べるというおまけも消滅します。興味深かったのは、沈黙していたこと自体は誰も冷やかしたり、責めたりせず、しかしおもちゃで遊べなくなってしまったことには本人もみんなも不満で、「今度は絶対話す」と本人は静かに次への意欲を示していました。2回目の当番の際には途切れ途切れのものの見事に話をすることができました。

年中のある子は最初の5秒で話を終え、その後70秒沈黙のままもうそれで終わると思ったら最後の5秒で考えついたことを話し始めました。他の子たちも同様に、黙ったまま固まってしまうということは2回目にはなくなり、沈黙の中でも前に座っている友達の顔や部屋の景色を眺めながら一生懸命考え出そうとしています。幼児の慣れと成長変化は実に早いものです。

人前に立つことが最も苦手と見られていたある子は、最初から生き生きとしかも最も上手にお話をしました。それは、先生が決めた題材やテーマではなく、自分が選んだお気に入りのものをみんなに見せられるという設定だからでした。幼児教育のひとつの柱でもある“自分で好きなこと、夢中になれることを見つけられる”という習慣のある子は、それに触れた時、自分のファンタジーの世界に入ることができます。自分のファンタジーの世界は遊びの延長であり、誰を前にしても緊張することなく、生き生きとした表情で思考が働きやすい状態となります。

スピーチは一日一人が行い、計9人で順番にまわしていますが、全員が自分の当番の回ってくる日を楽しみにしております。もちろん、スピーチを楽しみにしているわけではなく、自分の好きなものを持参し、紹介して遊べるからです。中には、風邪で休んだ日に自分の当番が抜かされないか心底心配し、(保護者さんを通じて)電話をしてきた子もいました(笑)。
一か月後、一年後どのような姿になっているか、これからの子ども達の成長変化がとても楽しみです。日頃の保育方針とのつながりによる成果も感じています。次回はスピーチの内容や聴く側の様子の変化などについても書きたいと思います。


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