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“ごっこ遊びなんて、単なる真似っこ遊び”ぐらいにしか、この仕事をはじめる前には思わず、発達上で意義のある、将来の成長に必要なものとは到底思いつきもしませんでした。今回はごっこ遊びについて少し書いてみたいと思います。論文に使われるような専門用語はなるべく使わないでまとめたいと思います。

 「コミュニケーションの発達」は、言葉の発達と共に進むものと大抵の教科書では解説されています。発達段階に沿って協調的思考や社会性が芽生えると示されています。一方で私たちが社会に出た時に必要とされる「コミュニケーション能力」とは、単に相手の言葉を理解しながら自分の考えを言葉で伝えればいいという類のものではありません。逆に言えば、言葉や会話が少ない方がうまく事が進む場合もあります。それは、私たちが言う「コミュニケーション能力」とは実際には言葉の運営能力にあるのではなく“交渉力”や“想像力”を指しているからだと思います。

さて、幼児たちの「ごっこ遊び」を見ていると、驚くほどイマジネーションが豊かでそれを共有し合いながら発想を追加したり、入れ替えたりしている様子が見られます。どちらかという女の子は想像の世界をより現実に近づけようとしたり、現実そのものを再現したりするような遊び方が多く、男の子は想像の世界だけでどんどん発展させていくような遊び方が多いと感じます。(いい年齢になっても男性は夢を追いがちで、女性の方が現実的に思考するという傾向とも似ています。)男女別に分かれてごっこ遊びをしている時はこれがくっきりと分かれていることが多く、男女が混ざって一緒にしている時は両面が取り入れられている傾向があります。

“もしもこんな世界があったら”と一人が言った時、そのイメージを即座に共有して対応できなければごっこ遊びは成立しません。“わたしは看護婦さんになる”“ここは宇宙だ!”と一人が言った時、病院や宇宙をイメージして自分はどんな役割をしようか想像できないと成立しません。そして、イメージを共有できたら様々な「交渉」が始まり、互いが互いの知恵を利用して目的のレベルをより上げていこうとします。子ども達にとっては決して仲良く遊ぶことが目的ではありません。イメージの共有ができなければ、相手にしてもらえず、自分の発想を付加できなければ対等な関係も築けません。ごっこ遊びが盛り上がるのはそれを発展させたり、広げたりする発想力をもって互いに“エンパワーメント”ができた時です。ちなみに、ごっこ遊びの意義を説明する教科書や論文には他者理解や役割取得という専門用語を持って示され、想像力や協調性の発展につながると簡素に書かれています。

仕事で大人が集まって何かを生み出そうと会議をする時、実際には他者の考えや感情を理解するだけでは何も生まれません。「そうですよね~」「確かに~」と延々共感的なおしゃべりが続いて時間だけが過ぎていきます。(私が最も嫌いなことです。笑)。これは想像力と発想力を持って会議をしていないからです。イノベイティブな発想とは正に幼児が“もしもこんな世界があったら”というような非現実的でファンタジーな空想から始め、それを否定せずにつないでいかないと生まれないものと思います。その点、幼児の“会議”(ごっこ遊び)はすごいものがあり、誰かが投げたとんでもなく非現実的なアイデアにも、「いいね!じゃあ、こういうのはどう?」と真面目に付加し合い、1時間後には「凄い!」と言わせるようなものが頻繁に出来上がっています。
このようなファンタジーな発想でごっこ遊びに夢中になれるのは、発達段階として概ね4歳~7歳ぐらいまでだと思います。私は幼児教育に関わってから、幼児の男女の違いも、60歳や70歳の男女の違いもほとんど変わらないと感じ、人間の脳の働き方の基本は幼少期からほぼ変わらないのではないかとも感じています。つまり、幼児期という非常に短い期間に脳の働き方の基礎が良くも悪くも出来上がり、それが人生の最期まで続くのではと感じています。パソコンで例えると、後からソフトはいろいろ増やしたり、入れ替えたりすることができても、OSは変わらないというような感覚です。
 

ごっこ遊びはイメージ共有力やアイデア交換の交渉力を鍛えることができる立派な教育的機会です。ここで対等に関わってリーダーシップが取れるか否かでは後のコミュニケーション能力にも差が生じることと思います。子どもが6歳ぐらいになると、“ごっこ遊びなんかしている暇があったら・・・”と他のことをさせたくなりますが、ごっこ遊びはこの時期にしかできません。成長してから戻ってさせることもできません。就学準備や運動、芸術、語学など、様々な価値ある学びの機会がある中、ごっこ遊びについてもその価値の大きさを参考にしてもらえれば幸いです。