かつては戦争をくり返しながら、第二次世界大戦ではドイツにも占領された人口550万人の小さな国、デンマークには欧米の大国に飲み込まれてはならないという気概が、幅広く国民に浸透しているように感じます。

表題の書籍「デンマークの教育に学ぶ」から、私が特に印象に残った点について、日本の子育て現場との価値観の違いに触れて書き綴りました。


“食事も昼寝も散歩も、無理やりやらせる必要はない”

「ずっと散歩に行かない子がいたら、なぜかな?と考える。
遊んでいて集まらない子もいる。"そのうちお腹がすくでしょう。"
外に出たがらない子がいたら、外で楽しく遊んでいる子どもを見て引き込まれていくようにする。」


日本の保育園または幼稚園などの子育て現場ではこのような子どもたちに対して、まずどう思うでしょうか?食事をしたがらない子、昼寝をしたがらない子、散歩をいやがる子は必ずいます。それに対してどのように接するかと考える前に、どのように思うかの議論やコンセンサスも大切ではないでしょうか。


“私たちは子どもに話すのではなく、子どもと話すよう心がける”

「保育士は、子どもと同じ目線に立ち、子どもの意思を尊重した接し方をする」

『子どもに話すのではなく、子どもと話す』という言葉には、ハッと気づかされるものがあると思います。私たちは日々子どもと接している中、どれほどの時間、心に特定の意図を持たずに子どもと向かい合うことができていますでしょうか。どんなに寄り添っているつもりでも、恣意的な意図を持って話しかけてくる大人に子どもは心を開かないものです。この言葉は保育の基本として見習うべきものを感じます。



“自分で量を決めさせ、確かめる体験をさせる”

「アイスクリームを食べる時、一人ひとりに『これぐらい?』『もうちょっと』と聞きながらよそっている。
自分で量を決めさせる。食べ終わったら「多すぎた?」「ちょうどよかった?」「少なかった?」と確かめる体験をさせて、判断力のある子が育つようにしている。
(幼児グループは12~13名を3名の大人がみている)」


私たちは子どもに自分で選ばせたり、決めさせたりすることはできても、つい、その後のフォローの言葉を忘れがちです。この例のように「多すぎた?」「ちょうどよかった?」と聞いて、気づかせて初めて判断力が養われるいうことを認識しなければなりません。



“連絡ノートはつけない。トイレトレーニングもしない”

「親とは直接話すことを大切にして、連絡ノートはつけない。乳児がおむつを外す時期も“子どもがトイレでしたい”とシグナルを出したら対応する。トレーニングはしない。
職員の健康、腰痛防止のため、おむつ交換台はボタン操作で上下する。」


幼いときから対話を大切にされて育った大人たちのコミュニケーションへの自信、労働に対する社会の考え方などが、連絡ノートなしでやっている背景にあるものと思います。乳児の排泄においてもしっかりと子どもの意思を尊重するということは、実は幼児期の自立的な育ち方へ大きな影響を与えていることと思います。0歳児、1歳児の保育にも哲学や将来ビジョンへの思想が大きく影響します。



次回、続き②を書きます。