25662567
2週間前、東京新聞さんから都議選に向け、「保育の質」に関して取材をされたいと依頼があり、協力いたしました。

<東京新聞 6月25日朝刊 社会面 都議選2017~待機ゼロの足元>
キャプチャ

*外遊びの写真ならば、立ちブランコをしたり、すべり台の逆のぼりをしている姿の方が園の特徴が出て良いと思ったのですが、この日は雨上りで子どもたちはそれには興味はなく、走って遊ぶことに夢中になっていました。。。

さて、本日の記事に関してですが、4、5歳児(年中・年長)8名に対して保育者1名という私の考えは、これでも最大で考えたときの人数です。昨年の今の時期は4、5歳児(年中・年長)が12名おり、常時2名を配置していました。4、5歳児になれば子ども同士で遊ぶ頻度が上がるので、遠くから見ているだけでいいと思ったら質の低い保育に留まり、成長にも明らかな違いが出ます。幼児期の後期は信頼できる大人との対話を続けながら、自分と外側の環境や他人との関係を健全に広げ、自分の価値に自信を高める時期です。友達と遊ぶことが多い時期だからといって放置してはいけません。しかも、現代では幼稚園教育要領に元々書いてある「基本4時間」を大きく超えており、親子の対話分も量的には園が受け持ち、支える必要があります。また、4歳児(年中)においては、まだ保育者との愛着を一番に必要としている子もこの時期は少なくありません。4、5歳児といえども、一人で10名をみているような環境では対話の積み重ねも愛着形成も疎かになります。幼少期の「環境」として最も子どもの成長に影響を与えるのは設備や教材ではなく「人」です。わたしの園は所有している設備では劣っていますが、飛躍的に成長する子どもたちの姿から最も大切な環境は人だと学ばせてもらいました。

2018年度改訂の保育所保育指針、幼稚園教育要領には、“小学校のアクティブラーニングへの接続としての環境改善「深い学び」「対話的な学び」「主体的な学び」を導く保育”が追加されます。よい実践だと思いますが、今のような人的援助が乏しい環境でどのように子どもが「深い学び」「対話的な学び」「主体的な学び」を導けるのでしょうか?官庁と幼稚園及び保育園との関係は、映画づくりにたとえると、シナリオを書いているライターと演じる役者との間にたつ監督やプロデューサーが誰もいない中で文書だけが現場に通達されている状態です。正しく実行されているかどうかの検証もありません。

今回、都議選に向けた取材でしたので、公約や目標に注目してみました。保育については「幼児教育の無償化」「保育サービスの定員〇万人増加」などが目立ちます。本当にこれでよいのでしょうか。ある政党においては「小中学校35人学級の実現」と書いてありました。一体、どこの発展途上国の話でしょうか?

確かに子どもの貧困を救ったり、防止のための受け皿を増やすことは大切であり、それに使命感をもち、ノウハウもある事業者は役割としてどんどん進めればよいと思います。一方、日本の “低モチベーション教育”と“フォロワーシップ人材の大量生産”は幼少期から大人数で一斉行動を促される環境と密接につながっており、20年後の未来にはこれが貧困につながる可能性を膨らませています。
問題を見えにくくしているのは、これがペーパーテスト信仰と受験システムで成り立っている国内の学校世界で成功するには悪くないからです。しかし、国を率いる政治のリーダーたちがそのような本質からの改善に全く触れず、手をつけやすい無償化と量的拡大で「東京を世界一の都市に」「世界をリードする東京に」等と気軽に叫んでいるのはあまりにも能天気であり、滑稽なものでしかありません。人格形成の観点における日本の幼少期教育政策は、国民ファーストでも、子どもファーストでもなく、「先進国ワースト」です。

わたしがもし今、中高の教員だったら「今回の選挙。投票したい人も、政党もない。行かなくてもいいよね?」と反面教師を演じながら叩かれるディスカッションを開くだろうと想像しています。民主主義について議論し、未来の社会制度について議論し、生徒の中から本質を見抜き、孤独を恐れない真の勇気あるリーダーが近い将来現れることを願いながら・・・。