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以前、園長が集まる会で研修講師を務めたとき、「公立の保育園は大変なんですよ。小学校へ向けて『教育』をするよう以前より求められているので。私立保育園が羨ましいです。」という声を何人からか聞いた。
一方、昨日は私立の認可保育園を複数経営する代表者から「認可になったら大変なんですよ。小学校に向けての『教育』を行政の方から強く求められているので」と聞いた。

近年、公私立に関わらず、小学校への適応能力強化が以前より強く意識されるようになったと感じる。こういうプレッシャーは当然現場の担任にそのまま降り、2学期ともなれば年長児は残り180日の幼児期を伸び伸び過ごすどころか、日々、小学校の授業に耐えられるようにと意識され、働きかけられる。

しかし、このような場面で『教育』という言葉が使われるとき、そのほとんどが幼稚園教育要領や保育所保育指針の中にある子どもの発達に応じた教育とは別世界のことがイメージされ、逸脱した内容が子どもたちへ働きかけられる。(著書の中では「軽視される2冊のバイブル」とライターが見出しをつけ、原稿をコラムにまとめてくれた)


その「(偽)教育」の背景にあるのが「小1プロブレム」の増加。未だに変わらない小学校の授業スタイルにも問題はあるが、落ち着きのない子が多いのも確かに問題ではある。しかし、この問題の改善を保育園や幼稚園だけに期待して解決できるのであろうか。保育士として発達の観点から言うと、就学直前の5、6歳の子に働きかければよいという問題ではなく、もっと幼い時期からの細かいフォローが必要と思える。

踏み込んでいえば、小1プロブレムの原因については、集団生活開始の早期化や長時間化によるフロー体験の減少や不安定愛着、兄弟姉妹以外の異年齢で過ごす時間の少なさ、及び発達に困難を抱える子の増加など、それらの要因も考慮して対応すべきだと感じる。少なくとも、5、6歳になってから小学校のためにと特別に準備するものではない。

社会はグローバルでも国内でも、型にはまらない人間を益々求めているのに対し、日本の幼児たちは益々型にはまるよう仕向けられる。6歳までにどんな環境が必要か。どうすれば、小1プロブレムを減らせるかとも共通することが多い。本の売り込みと思われて全く構わないが、長期間プロジェクトチームにおいて時間を使い、多くの文献購読に費用をかけ、練ってきたものなので一人でも多くの方に読んでいただきたい。