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数年前、年上の子を呼び捨てで呼んでいる子に「“〇〇くん”って言おうね」というと、逆に年長の子から「先生さー、おれたち男同士はそれでいいと決めてるからいいんだよ。」と言われ、納得したことがありました。笑

また、今年、小学校での生活を紹介する活動で来てくれた私立小に通う卒園生からは、「うちの担任は~」と何回も楽しそうに話し、そして「変わった人です」と、まるで親しい兄貴を紹介するように語っているのが印象的でした。
後でお母さんに聞き、その子に質問してみてもらったところ、クラスでは誰一人先生のことを先生と呼ばず、ニックネームや苗字の語尾をのばすような呼び方で友達のように呼んでいるとのことでお母さん自身も驚いていました。

別の話ですが、近隣にはほぼすべての先生が園児のことをニックネームや呼び捨てで呼ぶのが当たり前な(割と人気のある)幼稚園があります。私からすると大いに違和感があり、賛成はしないのですが、その園は保護者公認でその関係性が成立しています。

呼称と人間の関係性にはつながりがあると思います。どのような関係で人間同士がつながりたいか、時代や社会のあり方が、言語の特性以上に起因になっていることと思います。日本語にも日本語らしいそれがあり、日本語だからこれはダメという決まりはないと思います。

教育関係者の中には、“「先生」と呼ばれないと子ども(生徒)から尊敬される関係が成立しない” と心配する意見も多いですが、それは違うと思います。私は長くアメリカの会社に勤務し、上司でも社長でも会長でも、当然ファーストネームで呼んでいましたが、常に尊敬の気持ちはもっていました。一方で、人間としては対等という関係性が成立していますので、上の人たちも必要以上に構えたり、欠点を隠そうとしなかったりするのは付き合いやすいものでした。(実際に上司のダラシない部分などは笑い話にしていました。笑)それは英語だから特別ということではないと思います。

偶々ですが、私の新しい園では、新任のルーム長の提案で職員同士は互いに「〇〇先生」と呼ばず、年齢や性別に関係なくファーストネームで「〇〇さん」と呼び合うことになりました。既に私も「園長先生」と呼ばれることが新しい園においてはなくなり、下の名前でみんなから呼ばれるのは日本にいないような不思議な感覚です。新園は来週開園し、それに接する園児たちがどのような反応を示すのか、関係性はこれまでと変わるのか、楽しみです。