幼児教育とグローバル基準の保育

幼児のファンタジーな世界と無限の可能性。小さな発見やフローの積み重ねからイノベーティブな未来を創る。有能感を持った自立した人間として、生涯を通して学び続ける資質を持って成長できるよう、今しかできない幼少期の土台作りを支援します。

発達理論と幼児心理

サマースクールを終えて

ことしの夏はたくさんの幼児たちが国内外から参加してくれました。最初は緊張していたり、周りをみてから行動したりが多かったとしても日に日に素直に自分の感情を出し始め、好きなことを自分で見つけていく頼もしい姿を見せてくれました。一週間、一ヶ月のうちにみるみる表情が豊かになり、「自分らしさ」を出してくれる中、ほぼ全員の子が「楽しい」と言ってくれて、日数や期間を途中で延ばす子も多くいました。海外から来た子たちも、それぞれ自国にいる時とは違う一面を発見できたようです。

頼もしく、輝く子どもの姿に出会えることは、大変うれしいことです。しかし、それはfirst classroomが「楽しい場所」だからではありません。「楽しい自分に出会える場所」であるからです。「楽しい場所」であるならば、別の子には「楽しくない場所」になります。「楽しい自分」は誰でもみつけることができますが、“自分で”探すしかありません。幼児教育者にできることはそのための一人ひとりに合わせた工夫と援助にすぎません。

入園をした子も、サマースクールに参加した子も、時間と共に喜怒哀楽が大きくなっていくことも毎年印象的です。大人は子どもの「喜」と「楽」ばかりを大切にしようとしますが、人間にとって「怒」や「泣(哀)」も大切な感情表出です。幼児期にそれを隠さなければならないような環境は健全とはいえません。強い個性を生み出すための飛び切りの笑顔、突き抜けたような喜びの感情を出せるようになるためには、必ずその逆である「怒り」や「泣き」の感情も伴います。生まれてまもない赤ちゃん(乳児)の姿を思い出してください。どちらの感情が先に芽生えるでしょうか。幼児もまだそれから4、5年しか経っていません。


グリット- やり遂げる力

“グリット”の芽生え
GRITと呼ばれる「やり遂げる力(=やり抜く力)」が、アンジェラダックワース氏の著書では人生のあらゆる成功を決める力として提示され、注目されています。私の考察では幼児期の2歳~5歳までにいつでも個人の動機づけが尊重され、没頭できる環境を大切にされて育つと、6歳に近づくにつれて何事も“やり遂げたい”という強い意志がメキメキと表れてきます。

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豆を箸で移すだけの活動(遊び)。生の豆はツルツル滑って意外と根気がいります。こんな単純なもので、何もごほうびもなくても、年長児たちはハァハァ言いながら“やり遂げたい”という意思全開で最後までやります。

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3種類の料理を、約20の工程で、2時間以上かけて完成させるクッキング。手を使い、包丁を使い、火を使い、それをくり返す内容。年長年中の子どもたちは「やり遂げたい」という基盤が出来ていて、周囲で年少の子どもたちがブロックや本を広げて遊んでいても集中力が乱れません。課題をやり遂げることこそが“遊び”になっています。

“技術は後からついてくる”は本当か?
よく「技術は後からついてくるから」「センスが大事」という言葉を聞きます。私も実は幼児教育に関わる前まではそう思っていました。しかし今は逆です。確かに応用技術というものは後からついてきますが、「基礎技術」は後になってから意欲やモチベーションの力に任せてもついてきません。ここでいう基礎技術とは優先順に、①手指の動き、②足もとの動き、③全身の動きです。これが4、5歳ぐらいまでに十分に発達していないとグリット=「やり遂げる力」は生まれません。他の子と比べて言葉が遅くても、行動が遅くても、この基礎技術さえついていれば概ね「グリット」はその芽を出します。
心理学者アンジェラ・ダックワース氏の『GRIT(やり抜く力)』では「情熱」や「モチベーション」の重要性に重きが置かれていますが、これらの心理学的働きだけで「やり遂げる力」を生むことは不可能です。同じく注目されている心理学者キャロル・ドウェック氏の「マインドセット」も重要であることは間違いありませんが、同様に基礎技術の裏付けがなければすぐに萎れてしまいます。「やり遂げる力」をつけるためには、心理学的な面からの働きかけや援助だけでは不十分であり、生物学的な考察に基づいた援助も必要とします。

“state-of-the-art”の語源は?
ご存知の方も多いと思いますが、英語で「最先端の」「最新技術の」と語るとき、“state-of-the-art・・・”という美しい響きの言葉が形容詞的に使われることがよくあります。当たり前のように使われていますが、技術にも使われることに最初はどうして?と不思議に思った方も少なくないんじゃないでしょうか。実は、アートの語源そのものが人間の「技術」を意味するものであり、幅広い分野での人間の「技」を示す言葉として使われていたようです。ジャン・ジャック・ルソーは、1762年刊行の著書で幼少期には“知識を与える前に、諸器官を完成させよ”と感覚器官を成熟に導くべき鍛錬の重要性を言っています。

現代は子どもの知的好奇心ばかり優先して技術的な発達が追いついていないか、または内発的なモチベーションや個々のペースを無視して身体を育てているような環境に偏りがちです。「グリット=やり遂げる力」はこのような方法では培われません。手指や足もとにおいて十分な基礎技術をもち、自信とモチベーションの発達が成熟を迎えた時、グリット(やり遂げる力)は自ずと現れます。


<参考>




やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける

アンジェラ・ダックワース
ダイヤモンド社
2016-09-09








米国発、ハンドスピナーの魅力と効果

私の園では“ショウ・アンド・テル”というスピーチタイムを設けており、お話をする当番の子が自宅からお気に入りの本、写真、服、電子機器などあらゆるものを持参します。特に海外生まれの玩具や絵本には“こんなものがあるんだ~!”と驚くことがあったり、時には大人でも欲しい(やってみたい)と思ってしまう魅力的なものまであります。


Fidget Spinner Toy ALLDO 指スピナー ウィジェット ハンドスピナー スピナー ADHD子供 大人に適用 ストレス解消 ポケットゲーム 三角プラスチック 人気 おもちゃ セラミック軸受超耐久性の高い高速度-レッド
ALLDO

先日、年長の男の子が持参したもので「すごい!」と目を丸くしたのが、これです。その子に「これ、なんていう名前なの?」と聞くと、「ハンドスピナーだよ。アメリカのおもちゃだよ」と言われました。調べてみると、米国発で大人気のようです。中央の部分を指ではさんで回すと、今までに見たことのない回転力でとにかくよく回り、床やテーブルの上だけでなく体にのせても同じような回転力でまわる姿にとても驚きました。(「指スピナー」とも呼ばれ、英語ではfiget spinnerと言われているようです)
私は日頃から「手指を動かす」動機を与える遊び道具には発達上大きな関心をもっているので、どれほど普及しているのか、誰が発明したのか、調べてみたくなりました。そうしたら、元々「重症筋無力症」の子ども向けに考案されたものであるようで、更に興味深い発見がありました。

●“大人気「ハンドスピナー」は異例ずくめだった”<東洋経済>
http://toyokeizai.net/articles/-/180497

●“ハンドスピナーは2017年の必須のオフィス玩具”<フォーブス>
https://www.forbes.com/sites/jplafke/2016/12/23/fidget-spinners-are-the-must-have-office-toy-for-2017/#7c26acd118a4

これを回して見ていると精神的に「落ち着く」「集中力が増す」というリフレッシュ効果もあるということも大変よく理解できます。皆さんも経験があると思いますが、勉強の合間に指のうえでペンを意味もなく回したり、バスケットボールをする人なら練習中にひとさし指の上でクルクルとボールを回してみたり、テニスや卓球をする人ならラケットを何気なく回転させてみたりしている動作ともよく似ています。無意味な動作にみえることが実は気分転換や心の落ち着きに役に立っているのです。
「自閉症やADHDのカウンセリングにも有用」という効果も(使い方によって賛否はあるようですが)一定以上あることを共感します。自分で操作し、動いているものをみていると、落ち着くという子どもも多いのではないでしょうか。幼児期初期の手指の発達や、特に子どもによってはあまり粘土やクレヨンなど、手指に力をこめる遊びに興味をもたない子もいるので、そうした子への発達誘導としてもよいかと思います。



こんな変わった形のセラミックモデルもあるようです。どのように違うのか試してみたくなります。笑
一方、注意しなければならないこともあるようですので付け加えておきます。また、本体が破損したときにベアリングが飛び出ると、子どもが誤飲したり、目の怪我につながるような事例もあるとのことです。安価なものほど注意が必要かもしれません。


●“ハンドスピナー事故対策!子供の誤飲&ケガを防ぐハンドスピナーの選び方!”
http://bilingual-ikuji.com/prevent-fidget-spinner-accidents/




高い安全性をアピールする、作りのものもありました。



また、米国では「ハンドスピナーは授業を妨害するため、学校へは持ち込み禁止」と決めたスクールもあるようです。子どもがどのように使うかについては、ある程度大人が関わることが必要そうです。

Fidget spinners are being banned at more and more schools across the country
http://time.com/money/4765188/fidget-spinners-ban-schools-classrooms-teachers/

10歳までの発達段階と「習い事」のあり方


(c) .foto project

習い事はいつから、何を?


子どもの習い事はいつぐらいから、何を始めるのがよいか。そう考えたり、悩んだりする親御さんは多いことと思います。学びの機会や刺激が増えることはプラスに働くことも、マイナスに働くこともあります。発達段階の理論を知り、外部に任せきりにせず、子どもにとって適切な機会をみなさん自身でデザインしていきましょう。

7歳までは「真似ごと」でしか学べない
まず、はっきり申し上げます。7歳まではそもそも「習う」という行為ができているようで、実は自然にはできません。自分が「真似したい」と思うことは、手指や足を動かしながら一生懸命頑張りますが、子どもが出来ない事を大人が教えてあげようとすると、全く無視されることも多く、中々やろうとしません。
この年齢の子どもたちは、自分ができないことがあると「先生、やって~」「できない~」と言います。「教えて~」とあまり言いません。これは、甘えているからではありません。思考においてその認知、操作機能がないからです。自分の目でみた複雑なことを頭の中で操作する機能がありません。ロボットに例えれば、静止画像で信号を受け取り、直観的なイメージでしか操作を再現することができません。
7歳までの子どもたちに「教え方がうまい」と言われる先生は、実は教え方が上手なのではなく、「真似したい」という動機づけと環境を与えるのが上手なのです。これは必ずしも専門家である必要はありません。実際に親が子どもに教えようとすると見向きもせず、親が自分のために学んでいる姿をみて子どもも一緒に出来てしまったという例は沢山あります。



(c) .foto project 

10歳を過ぎてやっと「練習」の価値がわかる
年齢には個人差がありますが、7歳を過ぎると、「習うこと」にほぼ苦痛がなくなり“楽しく”できるようになります。実際には、5歳を過ぎると少しは習うことができるようになりますが、多くの場合どこかにストレスをもってそれを行います。まだ認知機能における発達が十分にそれに追いついていないからです。しかし7歳頃になって習うことが楽しくなっても、「練習」の価値が分かるのはまだまだ概ね10歳を過ぎてからです。
6歳や7歳または9歳でも「練習をすれば、うまくなるんだよ!」という子がいます。しかしながら、それは大人が言ったことを真似して言っているだけで本質的には何も分かっていません。この年齢の子どもたちは、自分と他人は違うということを身体の違いから何となく分かっていても、価値観や考えあるいは文化が全く違う人格を持っているということは分かっていません。親に対して「自分と親は別人格だ」ということに初めて気づくのも10歳を過ぎた頃です。そして、その時に初めて自分を客観的に見られるようになり、「練習」というものの価値も分かり始めます。
思考段階についても、10歳を過ぎたころに初めて、形式に従って考えたり、行動すれば、可能になることがあると分かるようになります。つまり、この年齢までの「習い事」は幼児の延長で遊びを中心に環境提示するべきであり、「練習」などを通じてそれ以上のことを期待すると、非認知能力(意欲、やり遂げる力、忍耐強さ、協働力)の成長を抑えてしまう可能性があります。日本の場合は、多くの子が幼児期から行事練習などを強いられているので、非認知能力が低くなるのは当然ともいえます。

9割の指導者が分かっていない
知育系も、スポーツ系も、芸術系も、習い事のほとんどの指導者や支援者及び教育関係者も含め、この理論的認識がありません。もし認識があれば、一度自分の意思でやり始めたことにそう簡単に「やめた~い」という子が出たりすることはありません。そして、もっと多くの子がいろいろなことを楽しめ、好きなことや得意なことが増えます。特に幼少期に成長する非認知能力は、メニューに追いかけられるとダメになり、自分がメニューを追うものでなければなりません。(もちろん、指導者がよくても、習い事の数が多すぎて集中できず意欲が低下してしまう場合もあります。それについては今準備している本に対策を詳しく書きましたので、改めてそちらを参考にしていただければと思います)
習いごとは指導者の方針をよく聞いて選び、間違ったと思ったら早めにストップしたり、変えたりすることも大切です。歯を食いしばって続ける価値はありません。「練習」というものの価値が分かり、自分でそのメニューをつくれる発達段階に達するまでは特に設備の環境以上に指導者や支援者の認識や方針が重要です。

注)年齢の区分には個人差があります。(プラスマイナス誤差があります)



参考文献:

ピアジェに学ぶ認知発達の科学
J. ピアジェ
北大路書房
2007-04-01



遊びと発達の心理学 (精神医学選書)
ジャン ピアジェ
黎明書房
2013-06-01







Moment of Self Discovery

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年長の当時、それほど文字を書く活動に興味を示さず、友達同士で行う手紙交換もしなかった子が、卒園して「園の先生に伝えたいことがある」と言ってくれたようで手紙を書き、親御さんが届けてくれました。そこには「園で登山につれていってくれてありがとう」と、しっかりした筆圧と文字で気持ちが表現されていました。親御さんに聞けば、園で登山をした体験が本当に楽しかったようで、家族でも山登りをすることになり、それによってきっかけとなった園での登山のことを今になって思い出し、自分の気持ちとして、文字にして伝えてくれたようです。

たったひとつの体験が次の体験を引き出し、豊かな言葉を引き出し、家族の笑顔まで引き出せること。幼児教育に関わっていて、これに勝る喜びはないでしょう。後から後から出てくるものほど価値があることと思います。型にはまった行事のような体験はその場では感動を与えますが、後の人生にはごく一部の場合を除き、ほとんど残っていないのがこれまで私がみてきた考察です。

ただし、山登りについても、普通にみんなで行って整列して登るだけでは何の「自己発見」の機会にもなりません。私たちは、山登りにおいても何とか自分たちの「保育の質」を貫きたいと思い、“自分のペースで好きなように登っていい”という環境をつくりました。ほとんどの男の子は誰よりも早く頂点に辿り着きたいという欲求があり、先へ先へとゴールを目指して進もうとします。ほとんどの女の子は運動神経や忍耐力と関係なく、頂上で食べるお弁当の話を楽しんだり、「まだ着かないの~?」とぶつぶつ不満をいったり、マイペースに登ろうとします。
つまり、発達や習熟度の違いでペースを分けると、10名以内の少人数グループで登山をしても、職員は3~4人で分かれなければならず、特に先頭グループは大人顔負けのスピードで、休憩も子どもは大人の4分の1ぐらいの時間でフル充電できるのでついていくのが大変で、また、最後のグループは“亀さん”のようにゆっくりのため、付き添う援助者にはかなりの忍耐力がいります(笑)。

子どもが「自己発見」をするためには、必ず自分のペースが保障される必要があります。忘れがちですが、ゆっくりの子をゆっくり行かせるだけではなく、早く行きたい子を早く進ませるということも大切です。登山においても、もし、整列して早く行きたい子を抑えつけ、ゆっくりいきたい子のお尻を叩きながら登っていたとしたら、冒頭で紹介したような「自己発見」の体験にはつながらなかったことと思います。
“でも、それでは団結心や協調の気持ちが育たないのでは?”と思われる方もいるかもしれませんが、先頭を走る子たちほど、後ろから来る子たちのことを考えながら登り、要所要所で待って全体の姿を確認しようとします。「〇〇ちゃん、大丈夫かな~」「今、どのあたりかな~」と気にしながら、自分が先に道を切り開いてあげようという意識で進んでいます。そして、頂上では、自分のペースでバラバラに登ってきた子たちが互いに称えあい、喜びあい、集団で達成できた一体感を満喫します。共に清々しく汗をかき、連帯意識がつよまります。これは、大人にも当てはまるのではないでしょうか。

最近、「マインドセット」「グリット(やり抜く力)」などの重要性が人生を成功に導く秘訣として書籍などで紹介されていますが、これらの多くは幼児期の原体験と習慣に基づくものです。その詳細は、編集中の本に書きましたので、興味がある方は楽しみにもう少しお待ちください。
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