幼児教育とグローバル基準の保育

幼児のファンタジーな世界と無限の可能性。小さな発見やフローの積み重ねからイノベーティブな未来を創る。有能感を持った自立した人間として、生涯を通して学び続ける資質を持って成長できるよう、今しかできない幼少期の土台作りを支援します。

異文化と言語

“世界基準の”卒園生たち

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今年も、小学一年生の卒園生たちが冬休み中、在園児たちに小学校の紹介をするために、園に来てくれた。ランドセルやバッグに自分の見せたいものをみんなギッシリと詰め込んできてくれ、有難い。


今年の卒園生たちは「ショウ・アンド・テル」を開始したときから1年半それを経験してきた初めての子どもたち。久しぶりに来園したにも関わらず、当たり前のように椅子の上にたち、じぶんの言葉で語り始める。教科書や作品をみせるときも、じぶんの捉え方やじぶんの感じ方を大切に話す姿には「成長したね」という言葉より、「変わらないまま、更に伸びたね」と声をかけたくなるほどだった。

公立も私立もみんな違う学校に通う子どもたちだが、それぞれが学校や授業の特色をスピーチしているのではなく、「じぶん」を柱に主観的に話ができる姿にはかなり驚いた。中には前日に親が「何を話すか練習した?」と聞くと、「だいじょうぶ、いつも考えながら話しているから」と言った子がいたり、「学校でお話する時は他の子たちはみんな原稿をみながら話すのに、うちの子だけ何も原稿用意しないで話すんですよ」という保護者もいた。


“じぶんを柱にして話を展開する”。実は、これが一番日本人が苦手としていることであり、海外の学校では逆に評価される(というよりそれがないと全く評価されない)ところでもある。(という私自身も、昨年著書の原稿を提出した際には、編集者から「もっと自分のことや自分の園のことを書いて下さい!」「重要なのは何を書くかではなく、“誰が”何を書くかなんです!」と何回も注意された。)

世界ではスピーチに限ったことではなく、作文も同様であり、日本のように事実を客観的に表現したり、他人の気持ちを述べたりするだけでは評価されない。常にじぶんと人、じぶんと環境や社会の関係を小学生時代から問われ続け、一流大学の入学試験にも大きな影響を与える。

今回、銀行から融資を受けて「こども手帳」を作りたかった理由のひとつは、幼児のためだけでなく、小学生に対して毎日の生活の中で「じぶんを柱にして表現すること」をやめず、続けてほしいという想いがあったからだ。「やりたいことで人生をデザインする」というのは、放課後にやりたいことをやって欲しいという意味ではなく、学校と切り離して考えてほしいという意味でもない。


イギリスの劇作家、ジェームズ・バリーはこんな名言を残している。

The Secret of happiness is not in doing what one likes, but in liking what one does.
「幸福の秘訣は、自分がやりたいことをするのではなく、自分がすべきことを好きになることだ。」


今年は小学校高学年~中学生向けの手帳を開発して世に出すことを計画しているが、卒園生の姿をみて益々やる気になった。大人として自立するまでの過程を一冊の手帳で支えることができたらこの上ない喜びである。




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世界基準の幼稚園 6歳までにリーダーシップは磨かれる
橋井 健司
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2017-10-17
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ショウ・アンド・テル “卒業編”

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ショウ・アンド・テルを開始して2年がたちました。今年は驚いたことに、「何もモノを見せずに話したい」という子たちが現れ、一時期それがブームになり、年長は全員が何もモノがない状態でスピーチする内容を考えながら3分以上話すという経験をしました。もちろん、原稿も、事前練習もありません。

きっかけは当日スピーチをする当番の子が「忘れ物」をした時のことでした。その子は「なにもないけどお話だけしていい?」と先生に聞き、週末に家族と一緒に楽しんだことを話し始めました。それは正に、“ショウ・アンド・テル”から“テル”へと成長し、変化した瞬間でもありました。聞いていた子どもたちにも新鮮な光景にみえたのか、年長の他の園児たちにも何もモノを持参しないでお話するスタイルが広がり、気がつけば2学期には年長の全員がショウ・アンド・テルを「卒業」していました。

「忘れ物」をネガティブに扱わない先生や親の姿は、子どもに“発想の転換”を促します。最初に行った子は忘れ物をしたために、自分の新たな才能や楽しみ方に気づいたのかもしれません。誰にも強制されず、自分で気づいたり、発展させたりすること自体に大きな意味があります。何も練習をしなくてもその場で考え、みんなの前で話すことは楽しいという経験を重ねた子たちが、その力を将来どのように発展させてくれるか、楽しみです。



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英語を学んでいる中高生の皆さんへ



・日本人よ、恐れることなかれ!世界の英語はいい加減だ 
・海外では間違いだらけの英語が当たり前
・適当な英語でも仕事は回っており、お金を稼いでいる人は大勢います。そんな人々でも企業の管理職をやっていたり、なんとネイティブに指令を出して仕事をしたりしていいます。人によっては年収数千万円という大金を稼いでいる人もいます。
・9割の人に必要な英語はハイレベルなものじゃない
 【国連でも通じる世界の非ネイティブ英語術(著者:谷本真由美さん)】より

上に書かれていることは大袈裟に聞こえるかもしれませんが、私が15年ほど外資系企業にいてビジネスの場で体験したこととほぼ同じであり、大変共感しながら読ませてもらいました。ぜひ高校生ぐらいのうちにこの本を読んで、自信を持って英語に向かい合い、そして“語学以外の大切なことで”自分を磨いてほしいと思いました。


英語は “ネイティブスピーカーがいない言語”
この本の冒頭に、「英語は現代のLingua Francaであるということです。Lingua Francaとは、母語が異なる人々が意思疎通をはかるために使用する言語のことをいい、一般的にはネイティブスピーカーが存在しないことになっています。」という興味深い説明があり、「世界で英語を話す90%は英語ネイティブではない」という事実を紹介しています。私も、世界の様々な国の人たちと仕事をする中、多くの人たちが自国の訛りのある英語を堂々と話し、また、母語での価値観に基づいた英語を話しているということを実感してきました。英語に決まった形式(正しい形)はないとさえ言っても、許される環境でもあります。
日本の「学校英語」「受験英語」の勉強を続けていると、“様々な種類の難しい文献や記事を理解して、文法的に正しい英語を話せなければ世界では通用しない”と錯覚してしまいます。通訳や翻訳など語学の専門家になるのであれば別ですが、この本に書いてある通り「9割の人に必要な英語はハイレベルなものじゃない」「英語がヘタクソでも世界で活躍する人々」が現実であり、本当は私たちも日本語なまりのある下手な英語を堂々と話して何も馬鹿にされません。意思や意図が通じることが重要であり、特に異なる国の人たちが集まるような場では英語に道具以上のものは期待されません。(下手な英語で馬鹿にされるとすれば同じ日本人からであり、そういう人こそ馬鹿だと思って無視していれば大丈夫です。笑)


英語が上手でも話を聞いてもらえない人
会議をすると、どうでもよい退屈な話を長々とする人は日本だけでなく、海外にも結構います。しかし、そういう人はどんなにネイティブ英語を上手に話しても、ほとんど誰も内容を聞いていません。困ったことに組織の幹部や役員にもそういう人がいますが、そういう時も“止めると後で面倒くさいから、話したいだけ話させておこう”と共通認識で話させておくだけです。誰もその人の話を聞いていません。逆に、英語が上手でなくても、“アイツはいつも素晴らしいアイデアを出す”“アイツは行動力があるから信じられる”と同僚や上司に思われていれば、「さっきから黙っているけど、何か言ってよ」と声をかけられたりもします。そんな状況での発言には、周囲はみんな耳を澄ませて聞いてくれます。英語が分かりにくければ、気を遣って簡単な単語で質問してくれたりもします。仕事の場ではみんな自分にメリットをもたらせてくれる人を大切にするのであり、英語の上手な人を大切にするわけではありません。
つまり、英語が上手であればみんなに相手にしてもらえるということは間違いであり、英語が下手でも自分に実力があれば周囲はむしろレベルを合わせてくれます。この本には「英語圏は移民国が多いので、外国人英語が当たり前」ということが書かれており、様々な国の出身者たちの「迫力」「根回し」「駆け引き」など人間的な魅力も面白く紹介されています。わたしが遭遇した実体験ともいくつか重なりました。


自分を磨くこと
英語の学習は必要であり、勉強のしかたについて書かれた本は沢山出版されていますが、語学は現実社会では道具に過ぎず、あまり考え過ぎる必要はありません。自分に実力や人間的魅力がなければその方が仕事についた時に苦労します。塾や部活で忙しいと思いますが、好きなこと、夢中になれることを大切に、自分らしさを追求してほしいと思います。


アイデンティティ

日本を訪れる外国人観光客が年々増加しているようですね。生活の必要性で普通に英語を使う機会が増えることは、迎える日本人にとってよいことだと思います。今まで目立たなかった地方の地域なども訪れる外国人が増えていますので、もしかしたら、観光地となったところに住む地元の人たちは、都会で真面目に“受験英語”を勉強している人たちよりコミュニケーション能力は高くなるかもしれません。いずれにしても、20年後、30年後には「英語を話せます」程度の経済的価値はほぼゼロになるか、少なくとも現在の「(特別なことはできませんが)一応大学は卒業しました」程度の価値になるでしょう。

昨年暮れから、中国・アジアの企業と日本の企業の連携をつくり出すために設立されたベンチャー企業の監査役を頼まれ、月に一度、ミーティングに参加しています。現場を行き来している役員の話を聞けば、中国でも「日本語を話せる」程度では、現地でよい仕事は見つかりにくくなっているようです。通訳になるにしても、特定分野につよくなければ“買い叩かれる”対象になってしまうのは、外からみれば日本語も同じであり、語学だけでは不十分ということを肌で感じています。やはり、何かに没頭できる力や好奇心を自分で深められる自学自習力を幼少期にしっかりとつけておいた方がいいのではないでしょうか。そして、アイデンティティを確立していくには感性も大きな影響を与えます。

“グローバル社会では多様な価値観に共感できることが大切”とよく言われますが、実際には共感だけで関係が維持されるほど甘くありません。共感をするだけなら、他のだれかにいつでもとって変わられます。同じゴールを目指す感性をもっていながらも、“相手にはない感性”をもっていなければ、建設的な関係は生まれません。企業の役員が集まる会議では、私が「相手に共感するだけなら、5歳の子どもでも友達として対等に相手にされない」と言うと笑いが起こりますが、本気で言っています。

以下、子ども時代に「感性」を磨く絶好の機会です。日本人として、日本的なことが何もできなくても世界で生きてはいけますが、アイデンティティの中にその原体験による感性が組み込まれていると、ひと際注目される要素をもつことにもなります。日本人は日本人であることを本質的な面でもっと利用してもいいかもしれません。自分だけの世界観をもつ姿は、誰から見ても頼もしく、それが自然と身についているとすれば、生涯において最も有効に使えるパスポートとなるでしょう。


*週1回x二か月程度の稽古(場所は世田谷区) → 最後は「日本橋劇場」で! (はじめての日本舞踊/水蓮会)
はじめての日本舞踊

ショウ・アンド・テル 続編⑤

“お気に入りのものを持参し、原稿なし、練習なしで80秒間、みんなの前で台に乗ってスピーチする” この活動を実施し始め、3年目となる中でついに「何も持って来ないでスピーチしたい!」という年長さんが今週、表れました。

ショウアンドテルでは、最初のうちはみんなに見せたいものがあるからとお気に入りのものを持参するものの、見せるだけで満足してしまい、お話をあまりしない子どもたちの姿も多くありました。しかし、回を重ねるに連れてお話しないと伝えられないことがあることに気づき、みんなの前でお話ができるようになっていきました。

今週、なにも物を持参しないでスピーチをしてくれた年長さんは、自宅で飼っているおたまじゃくしについてその様子や知っていることを細かくお話してくれました。(私は直接見ていないのですが)時間制限を越えて2分以上、堂々とお話していたようです。ひとつのことについて、何も見ないでそれだけの時間お話するには、興味の幅が広く、深く思考できる習慣がなければできません。きっと、そこに対する自信があったからできたのでしょう。お話のみで聞く側の幼児を集中させることは大人でも難しいことです。

年長の子どもたちは、年少だった時から毎日お当番がスピーチする光景を“当たり前”のように見てきました。自分たちに順番が回ってきた時には、もう心の準備が自然に出来ていました。大切なことは、毎日の生活の中で一人ひとりの気づいたことや求めていることにしっかりと反応して上げ、共感的な態度で言葉を添えて上げることであり、そのような体験の積み重ねがみんなの前でお話することの楽しさにもつながっていることと思います。
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「世界基準の幼稚園~6歳までにリーダーシップは磨かれる」
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