幼児教育とグローバル基準の保育

幼児のファンタジーな世界と無限の可能性。小さな発見やフローの積み重ねからイノベーティブな未来を創る。有能感を持った自立した人間として、生涯を通して学び続ける資質を持って成長できるよう、今しかできない幼少期の土台作りを支援します。

運動(手指と全身)、危機管理能力

ルールと役割分担

今月から外遊びに担任の環境設定案でバトミントンを用意しています。年長よりも、年中の園児たちが夢中になってビックリしました。難しくてほとんどラケットにあたらないのに何回も何回もトライする姿はとても心を打ちます。土の上にコートをかいて選手になりきって遊んでいます。

(ラケットは購入する予定でしたが、愛着があって使いやすいものの方がよいからと、担任の先生と補助の先生が使っていたものをお家から持ってきてくれました。保育の場では新規購入品よりも援助者の愛着のあるものの方が子どもに伝わり、よく使われるということが度々起こるのでとても有難く思っています。高校生や大学生で将来子どもとの仕事を考えている方は、小さな頃に使っていたものを処分せずにとっておくとよいかもしれません。)

年長の園児たちからは「野球」がしたいといわれ、今日は初めてバットとボールを用意しました。野球のことに詳しい子がみんなをリードして、一塁、二塁、三塁を土のうえでつくり、ピッチャー、キャッチャー、バッターと役割をきちんと分担して中々本格的でした。そして、幼児が上投げでボールを投げ、同じく幼児がしっかりバットにあてて打つとは思わなかったのでその姿にも感動しました!

成長と共に遊びを通して自分たちでルールを守ろうとし、役割分担をしようとする姿は大いなる喜びです。年少の園児たちも時々、年中や年長に混ざって役割分担のあるごっこ遊びに参加するようにもなりました。異年齢環境ならではダイナミズムが2学期の後半に入り、益々見られるようになっています。

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子ども達の成長 ~防災の日~

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9月1日の防災の日に合わせて「非常食」を子ども達にも体験として食べてもらいました。主食は白飯、ドライカレー、五目ご飯の3種類です。お湯もしくはお水だけ注げば袋がふっくらとして出来上がるタイプのものです。おかずは栄養士の先生から日頃は使わない「サバ缶」を使った献立の提案があり、じゃがいもと玉葱と煮たものにしました。味は子ども達に好評でおかわりもしていました。
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幼児が夢中になる「大人のぬりえ」

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2、3歳から4、5歳へ、そして6歳へと巧緻性がどんどん伸びている子ども達にと担任の先生たちが面白いぬり絵を見つけ、購入の提案をしてきました。4月から年長用にと用意したところ、下の園児たちも自由時間にどんどん参加してくるようになりました。

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3回の登山で得たもの

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年長が3回目の登山となる600mの高尾山へ行きました。行くか行かないか自分で決める今回は参加しない子もいると思いましたが、意向を確かめた時には二つ返事で「行く!」という声が響き、園児たちは期待を膨らませていました。
当日は天候に恵まれながらも、今回のびわ滝コース(6号路)は沢沿いに山頂まで進むほぼすべてが日陰のコースであり、足元からジメジメ、ひんやりとした空気に包まれました。
前回の登山からまだ2ヵ月ですが、園児たちの表情は自信に溢れており、黙々と頂上へ向かって急ぎたい男児も、おしゃべりをしながらゆっくりと登りたい女児も、落ち葉や木々などの自然を楽しむ余裕がありました。途中は沢にも下りてカニがいないか探したりもしました。前回山頂で食べたお弁当の味が忘れられないらしく、それが頑張りへの意欲にもつながりました。最後の階段は昨年の年長児が「地獄の階段」と名付けたほどで今回もきついものでしたが1、2回の休憩でやり遂げ、山頂では本当に嬉しそうな顔で友達とお話をしながら仲良くお弁当を食べていました。下山する際は少し疲れ気味でしたが、園児たちの要望でサル園にも立ち寄り、最後はケーブルカーで下りました。行き帰りの電車は乗り換え3回の中、途中座れない区間も多くありましたが、年長らしく我慢するところでは我慢をし、ぐっすり寝ても起きる時にはスクッと起きて行動をすることができました。


3回の登山を通し、回を重ねるごとに園児たちの表情が凛々しく自信に溢れるようになりました。どの回も子ども達の意思と主体性を尊重し、進むこと、休むことなど自分たちで決めてきました。そして最終回では、下見をした時に危険箇所と感じたところのほとんどすべてを子ども達が自分で先に気づき、友達や先生に注意を促す等、驚くほど成長を感じる姿がありました。また、トレッキングシューズをきっかけに「蝶々結び」が出来るようになった姿もあり、登っている最中には園にいる年下の子たちのことを何回も思い出しては「うさぎさん(年少)達今ごろ何をしているかな~」「○○ちゃんも大きくなったらここに来るんだよね」等、言葉にしてくれるのも嬉しい姿でした。
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特に嬉しかったのは園で一番の恥ずかしがり屋の年長児たちが、前回の登山の山頂で誰もいない中「ヤッホー」と何回もお腹から大声を出した快感を覚え、今回は大勢の人がいる中でもそれを自分からやりたいと言って出来たことでした。最初は「みんな見てるからやめようよ」「怒られるよ」等と言いながら一旦下山を始めようとすると、「やっぱり戻っていい?」と言いだし、“これはまたとなく成長できるチャンスかもしれない”と思いながら実はそれだけのために2回ほど山頂に戻りました。
翌日、みんなの前での報告会でも楽しかった様子を、笑顔を持って言葉で伝えることができ、聞いている園児たちの顔にも将来を楽しみにする期待感が膨らみました。「頂上から見た景色がきれいと言ったけど、“どんなふうに”きれいだったの?」と言う年下からの鋭い質問にも、『絵みたいにきれいだったよ!』と前日実際に景色を前に言葉にしていたことをそのまま返していました。また、前回も今回もみんなの前で“自分の至らなかったこと”を互いに笑顔で自分から言う姿には大変感動し、本当の「強さ」の芽生えを実感しました。(自分の弱さをさらけ出せることこそ本当に強い人間という意味です)
年長児の姿には登り切った達成感に浸る姿はなく、自分の行動に対する「責任感」や他人に対する「思いやり」が明らかに増したように見えます。自分の強さを実感することで、自分の弱さも隠さなくてよいということも学んでくれたように思います。

「運動会」をしない理由

清々しい秋らしい天気の日が続いています。子ども達にとっては長い夏がやっと終わり、一年で一番快適に伸び伸びと外遊びを楽しむことができ、心身の発達が促される時期です。
しかしそんな中、秋に運動会がある多くの幼児や児童はその自由を拘束され、毎日毎日“練習”に時間が費やされます。「やだー」「やりたくない」と言える子や言う子はまだ良い方であり、先生の情熱や親の期待に応えようと多くの子が自らその型にはまろうとします。「子ども達が楽しんでいるから大丈夫」という教育者もいますが、そのような心理が前提にあることを意識し、また、受け身で楽しんでいることと自らが主体的に環境に働きかけて楽しんでいることでは、教育価値において全く違うという基本も思い出して欲しいと思います。
「運動会」は子どもの情熱を大人が汲んでいるというより、大人の情熱を子どもが汲んでいると言えるのではないでしょうか。日本で小中高という長い学校生活を送る上ではそういう大人の情熱や感情を汲めるような子の方が過ごしやすいかもしれません。逆に言えば、幼児期に行う「運動会」の練習は、日本の小中高の学校生活に適応する上での事前訓練として優れた手段でもあるかもしれません。しかし一方、日本もこれから主体的に学習できる子を育てようという教育方針の転換点にある時、そのような習慣は有効でしょうか。今既に大人になって社会に出た時、ギャップが大きいのはこのような点にあるのではないでしょうか。文部科学省の推進するグローバル人材の育成、または生きる力の強い人間を育てるには、根本的にこうした行事のあり方こそ見直さなければならないと感じます。日本の行事は見る側の保護者にとってはたった一日のことですが、子どもにとってはその前一ヶ月ぐらいの学習様式(学びのスタイル)を支配するものであります。

私の園でも毎年、マイクなし、BGMなしの環境の中でスポーツ行事をしています。親子で運動遊びを楽しみながら“競争”と“共創”に親しみ、家族間の交流を促進することを目的に開いています。運動を目的にした集まり自体を否定する気は全くなく、それどころか昨年は組体操を行い、今年はバルーンも上げます。それなら「あまり『運動会』と変わらないのでは?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、前提が全く違います。行事の前提が、(大人が主導する)行事を通して自発的な協調性や団結力が育つことはないと考えるため、“みんな一緒に同じことを”という束縛がありません。また、“ショー”としての機能を排除することで無駄な時間を費やさなくて済みます。保護者の皆さんに与える一時的感動は少なくなりますが、逆にその分、子ども達は一年で一番過ごしやすい秋の時期に一ヶ月間伸び伸びと過ごすことができます。9、10月は集団生活が軌道にのり、保育士や教諭も子ども一人ひとりと信頼関係が出来、それぞれの特性が見え始めたり、新たな分野で力を発揮し出す姿も表れたりする時期です。心身共に成長期であるこの時期に適切な環境を与え、子どもに健全な成長を促すことで保護者の皆さんとは喜びを共有したいと思っています。


以下は、園の保護者の皆さんにスポーツ行事の主旨を説明するため、毎年お渡ししているプリントから抜粋したものです。


なぜ「運動会」と違うの?
「運動会」での子どもの姿は確かに感動的ですが、その姿を見せるまでの過程には子どもよりも大人が主体となって形をきめ細かく指導し、自発的ではない受け身的な練習を続ける毎日があります。当園では子どもがどんな場面でも内発的動機づけで自分の興味を発展させ、自分で工夫する努力の積み重ねが楽しく、労苦ではないと感じる資質を持って幼児期を終えることを最も大切な目標にしています。運動能力面における成長や成果については、このフェット・デュ・スポールではなく、「発達における到達度レポート」および体操活動の公開日(年2回)にて、そこで説明させていただいております。


それで「協調性」や「競争心」は大丈夫なの?
遊戯や行進、整列でみんなに同じ動きを訓練することが「協調性」を高めることになるでしょうか。協調性とは他人の感情を自分に置き換え、自分と違う他人と共有、共存できる部分を繰り返し見つけようとする作業から生まれます。日本では教育関係者までも「協調性」と『同調性』の区別がついていないことが多い現状です。
「競争心」は煽らなくても誰もが持っている生存本能プログラムです。自分が積み重ねた実力もない段階で人に勝つことを褒められたり、喜ばれたりすれば常に自分より弱い相手を探すようになります。当園ではどんな場面でも“昨日までの自分に挑戦し、自分に勝つことが楽しい”と感じる「ラーニングゴール志向」を大切にしております(それが、結果的に多くの人に勝つということにもつながります)。将来大きな世界で競争する時のためにも評価の軸を他人との比較ではなく、自分自身に持てるようにしています。

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